ドイツのマイスター資格を持つ「街のハム屋さん」 太田市のフローエス・ゲグルンツェ

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武井仁美 まちの編集社(株式会社まちごと屋)

Photo by市根井

インタビュー

太田市の『フローエス・ゲグルンツェ』は、ドイツの食肉加工の国家資格〈マイスター〉を持つ佐藤隆彦さんが、群馬県産の豚で美味しいハムやソーセージを製造・販売するお店です。

“マイスターの作る本格ハムやソーセージ”というと、ちょっと特別な、たまに食べるご馳走というイメージを勝手ながら持っていました。

けれども、ドイツ修行時代のお話や、いま佐藤さんがフローエス・ゲグルンツェで大切にしていることを伺ううち、地に足のついた本場ドイツの食肉文化を群馬の恵みを使って体現し、私たちの毎日の食卓に豊かさをもたらしてくれる、そういう存在なのだなと考えを新たにしました。またひとつ、群馬で暮らすことが嬉しくなる素晴らしい作り手に出会えました。

ドイツにおける「マイスター」というのはどんな存在なのか、マイスター資格を得るためにはどんな過程を経るのか、そもそも佐藤さんはどういう経緯でドイツで修行することになったのか、気になることばかりです。じっくりとお話を伺いました。大学は畜産学部だったそうですが、それは今の仕事に直結していたわけではなかったのだとか。

佐藤さん その頃の将来の夢は牧場主だったんですよ。普通のサラリーマン家庭だったんですけど、小さい頃からずっと犬とか鶏とか色々と動物を飼ってまして、そういう動物に囲まれた生活がいいなと思ってたんです。子供の頃に見たテレビドラマに『オレゴンから愛』というのがあって、その世界に憧れて、漠然とアメリカのような広大な土地で動物に囲まれた暮らしっていいなという感じで。

大学では、たまたま入ったワンダーフォーゲル部で山登りにのめりこんでしまったんですよね。畜産学部だから食肉加工の授業も受けたことはありましたけど、専攻は環境系だったから当時は全然意識していなくて、山登りのことばっかり考えていて(笑)。だから卒業後の就職先も山登りありきで決めたんですよ。学生時代にお世話になったプロのガイドさんが紹介してくれたのが群馬の山岳会で、山に近いところで就職できればどこでもいいやって(笑)。それで谷川にも近い渋川市の食肉の卸会社に就職したんです。

佐藤さん 最初は小僧働きばっかりで、直接肉を触るような仕事はさせてもらってなかったんですけど、社員教育で玉村町にある食肉学校というところに派遣されたんですよね。そこでハム・ソーセージなどの食肉加工の集中講座みたいなのを3ヶ月間全寮制で泊まりきりで勉強したんですよ。今の仕事に通じるというと、そこからですかね。

最初に就職した会社で食肉に携わり、次に地元太田でもハム・ソーセージの製造会社に勤めた佐藤さん。そこで本場ドイツの食文化に本格的に触れるようになりました。

佐藤さん 軽井沢での販売が中心のお店だったので、どうしても冬場は手が空いて長い休暇がとれるんです。本場も見ておかなきゃな、って休みのたびにドイツに行きました。そこでドイツの食肉文化を知ったことが、マイスターの資格をとったきっかけですね。日本だと年末年始の贈答の時期にはどうしてもロースハムの部位の肉ばっかりとか、ベーコンの部位ばかりだとかを偏って仕入れることになっちゃうんですけど、ドイツでは仕入れる時は豚1頭まるごとで、全ての部位をうまく振り分けて加工しないといけない決まりに法律でなってるんですよね。それを見た時に、無駄なく理にかなっているなと。せっかくなら余すところなく使ってハムやソーセージを作りたいと思うようになりました。

photo by 横山博之

佐藤さん 日本では、ウインナーとひとくくりになりがちですが、ドイツでは使う肉の部位によって様々な種類に分かれているし名前も違うんですよ。”ウインナー”というのもソーセージの中の種類の1つの名前ですし、細分化したら1000とか2000種類とかになるんじゃないかな。例えばホワイトソーセージとも呼ばれる『ヴァイスブルスト』は赤みのあまりないモモの部位の肉を使うので、食材そのままの色の白っぽいソーセージになるんですね。あとは、血液を材料として入れる『ブルートヴルスト』という赤黒いソーセージがあったりします。日本でソーセージ用の血液を仕入れるのは難しいので、この店では作っていないのですが、濃厚で独特なおいしさがありますよ。レバーや内蔵を使ったソーセージも種類が豊富で。適材適所というか、どこの部位の肉や素材でソーセージを作るのかということも法律できちんと決まっているんです。

『フローエス・ゲグルンツェ』という店名もそういったドイツの食肉文化に敬意を表していて、ドイツ語で“幸せな豚の鳴き声”という意味の言葉です。豚は頭から爪の先まで余すところなく使いおいしく加工して食べることができ、「豚は鳴き声以外は捨てるところがない。」ということわざもあるほど。そこで、唯一使われない鳴き声も店の屋号として活かそうと名付けられました。

白い壁にオレンジの瓦屋根が映える店舗は
佐藤さんがドイツでよく目にした家並みをイメージ

長年ハムやソーセージの製造に携わりすでに確かな技術を持っていた佐藤さんにとって、ドイツに渡ってのマイスター資格の取得は、味や技術だけでないドイツの食文化の本質や考え方を得るという意味が大きかったそうです。マイスター資格は、ドイツ国内の食肉店で実際に働きながら学校にも通うデュアルシステムで学んでいき、見習いからゲセレ(職人)へ、そしてマイスター(親方)へと試験を経て国家資格を得ます。食肉加工の技術や理論はもちろんですが、経済学や社会学、弟子の育て方なども、マイスターになる上ではしっかり学ぶそうです。

佐藤さんは南部バイエルン州のミュンヘン郊外の食肉店で研鑽を積みました。その土地それぞれの名が冠され、形も味も作り方も違う多種多様なソーセージがある国。その中でも佐藤さんはミュンヘンに魅了されたそうです。

佐藤さん やっぱりドイツの中でも特に食肉業が盛んなのはバイエルン州なので、その中のミュンヘンの食肉文化が勉強できたのはよかったですね。会社員時代も中部フランクフルトやブレーメンで研修したり、色々と他の地方も見ましたけど、どちらかというと素朴な感じで、やっぱり南部の食肉は華やかで洗練されてるんですよね。ハムやソーセージのバリエーションも多いし、色合いも豊かで形も凝っていて。ショーケースに並べるときも、切り口の見せ方とかも綺麗なんですよ。やはりミュンヘンだなと。僕もそっちの方向性でいきたいなと。

佐藤さんがドイツ各地で撮りためた学びの記録

帰国後、地元太田で2005年に『フローエス・ゲグルンツェ』を開業しました。ところで、店名としては、聞き馴染みがなくて一度で覚えられない気もしますが、当初の反応はどうでしたか?

佐藤さん 逆に、覚えてもらえない名前の店として印象に残るんじゃないかなと思って(笑)。でも究極は“街のハム屋”でいいんですよね。あのハム屋さん、と言ってくれれば。

“街のハム屋さん”という言葉、佐藤さんが作るハムやソーセージを食べるととても腑に落ちます。良い意味でどっしりと特別な感じではなく、軽やかな旨みと毎日食べたいおいしさがあります。佐藤さんは日々どんなところに心を砕いて作っているのでしょうか?

佐藤さん 僕がそもそも、塩分や香辛料やスモークの強さが際立ちすぎているものが好きではないので、そういう意味での個性はないのかもしれないですね。飽きのこないというと何かカッコよくなっちゃうけど、商品それぞれの個性は出しつつ、あまり突出した味にならないように作っています。あと、できれば自分が高いなと思っている商品は売りたくないので。味の面でも価格の面でも、日常の街のハム屋さんでありたいと思っています。

1頭の豚まるごとから作られた多種多様なおいしいハムやソーセージたち。良い品が、毎日食べたいお値段で美しく並ぶので、心踊らずにはいられません。

取材中、印象的な光景に出会いました。ある常連のお客さんが店のドアを開けると、「あ、ベーコンですね。」と何も言わずともすぐに決まった厚さと決まった枚数でスライスを始めてくれるのです。常連さんだからこその羨ましいやりとりを見て、フローエス・ゲグルンツェのベーコンが毎日の食卓に寄り添っているのだろうと想像できました。

また違うお客さんは「近所ではないんだけど、このあたりで用事があったときは必ず寄るようにしてるんです。」と言います。いつもの日常を彩るちょっとしたご褒美を与えてくれる店なのだそう。ここでもお客さんがまず注文したのはベーコンでした。お子さんが、ここのベーコンだと好んでよく食べるのだと言います。

ということで一番人気は、常連さんが必ずと言っていいほど注文するベーコン。「一度食べるとハマる」というお客さんが多いそうです。ベーコンやハムなどは好みの厚さでスライスして計り売りで販売しています。スライスもお客さんそれぞれによってベストな好みの厚さが色々あるようで、佐藤さん夫妻も興味深いそうです。ベーコンはもともとお店では2ミリ厚をスタンダードにしていましたが、いま常連さんたちの間では3ミリ厚派が増えているそう。パスタやスープの具材の一つとして料理全体に旨味を出しつつ、主役的食べ応えもあるちょうどいい厚さとのこと。時には、1センチの厚切りベーコンを焼いて贅沢に楽しむお客さんも。自分のベストな厚さを探る楽しみもあります。

ベーコンのほかにも、様々なハムやウインナーが華やかに並んでいるので、豚1頭からこんなにも多彩に余すところなくおいしさが生み出されるんだ、とショーケースを眺めながらの感動があります。どれにしようかすぐに決めるのが難しいけれど、悩ましくも嬉しいひとときです。

「最初は自分の好みもわからなかったりもすると思います。1枚からスライスできるので食べてみたいものを色々選んで食べ比べして、お気に入りを見つけてくれたら嬉しいです。」と店頭に立つ妻の佐知さんが優しく声をかけてくれました。

ドイツではどの肉屋さんでも毎日の品の当たり前のこととして計り売りされていますが、スーパーでのパッケージ売りに慣れている日本でこの販売スタイルが受け入れられるのか、開業当初は周囲から心配の声もあったそうです。それでも佐藤さん夫妻は、専門店として、お客さんの要望に細やかに対応したかったそう。今では、それぞれのお客さんの好みや適切な量に合わせてくれる計り売りが日常のものとして馴染んでいるようです。

1週間のお仕事の流れについて聞いてみました。

佐藤さん ドイツでも同じだったんですけど、ハム屋さんの仕事の流れというのはだいたい決まっていて。月曜日はまるまる1頭の豚を解体することから1週間が始まって、火曜日はソーセージを、水曜日はハムを作る日です。木曜は予備日というか在庫が足りないものが出てきたらその日に作る感じで、金曜日はベーコンを作ります。ソーセージはフレッシュな肉のうちに加工したほうが良くて、一方ハムやベーコンはちょっと寝かせてからのほうがいい。肉の熟成にあわせた1週間のサイクルで作っています。

四季はあまり関係ないそうですが、生ハムだけは冬の季節の品。塩漬・乾燥・熟成と非加熱で作る生ハムは、気温が低い季節に仕込みが限られます。そこから2年以上熟成させ、毎年2月に店頭にお目見えするのがフローエス・ゲグルンツェの恒例です。冷燻製の工程が加わるドイツ式の生ハムは、熟成の香りとスモークの香りが合わさった一味違う逸品とのこと。

「完全に夢の話ではあるんですけど。」と前置きしつつ、佐藤さんはワクワクする夢の話も聞かせてくれました。

佐藤さん 自然のままで熟成させた生ハムをいつか作ってみたいですね。現在作っている生ハムは、日本の気候にあわせて、ドイツ式の製造方法を基に独自の製法で作っているんですけど、最終的には冷蔵庫で温度湿度を管理して熟成させています。これを、吊るしてほったらかして自然のままで熟成させる伝統的な方法で作れないかなと。自然のままで温度湿度が一定の、適した環境がないとできないんですけどね。日本では大谷石の石切場だった地下で生ハムを作っているところがあるそうなんですが、地元の太田でいつかそういう場所を見つけて生ハム作りができたらいいなと、でも本当に宝くじが当たったらレベルの夢になっちゃうんですけどね(笑)。

夢のまた夢、と佐藤さんは言いますが、お気に入りのソーセージや好みの厚さのベーコンを研究しながらお店に通い、いつかそんな生ハムが味わえることも楽しみに待ちたいと思います。

Frohes Gegrunze フローエス ゲグルンツェ
住所:群馬県太田市八幡町23-35
TEL:0276-20-2279
営業時間:10時-18時30分
定休日:日曜
https://frohesgegrunze.com/

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