旬の食材を生かす「curry stand baimai」がカレーを作りながら考えていること

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市根井直規 まちのわーくす

Photo by市根井直規

インタビュー

「サグチキン」と「エビとアボカドのグリーンカレー」の2種盛りカレー

高崎市・本町の交差点沿い、2020年2月にオープンしたばかりのcurry stand baimai(カレースタンドバイマイ)。

スパイスの香りとともに登場するのは、エスニックな空気漂う一皿。さっぱりとした辛さがほとばしるグリーンカレーには柔らかいアボカドと歯ごたえのよいエビ、ほうれん草の旨味が詰まったサグカレーにはごろっと大きなチキン。次はどれをスプーンに乗せようか、と心が踊ります。

カレーだけでなく、季節に合わせたドリンクも提供。フレッシュな果汁にハーブが香る「青柚とレモングラスのソーダ」は、まるでバカンスに来たかのように感じさせるエキゾチックな味わい。もちろんカレーとの相性も抜群です。

そんなbaimaiでキッチンに立つのは、新井若木(わかこ)さんと夫の陽介さん。もともと居酒屋の間借りから始まり、イベント等への出店や移動販売、そして富岡市での店舗開業を経て、2020年2月に高崎市でこのお店をひらきました。

そんなお二人の「食」に対する考え方、そして起業の経緯を聞くと、「これからの飲食店のあり方」が見えてくるかもしれません。

旬の食材を気軽に楽しめる「カレースタンド」という場所

─カレーをいただきましたが、一般的にスパイスカレーと言われているものと比べると食べやすい気がしました。スパイスの使い方などに特徴があるのでしょうか?

若木さん 年齢や体質によるのかもしれないですけど、パンチが効いている食事が好きな方もれいば、そうでない方もいますよね。私自身も妊娠中はスパイスの香りが苦手になってしまったことがあります。だから、スパイスやハーブはあくまでアクセントとして考えています。

陽介さん 自分たちの軸はスパイスというよりも「素材」だよね。僕はもともと15年くらい和食の世界にいたので今でも和食からインスピレーションを得ることが多いし、「旬のものを使おう」と思うと、おのずと和の食材が増えるんですよ。

─旬というのは、たしかに日本に特徴的な概念かもしれません。

若木さん 過去、タイのバンコクに住んでいたことがありまして。あらゆるものがいたるところで売られている、いわゆる露店の文化があり、とにかく1年を通して暖かいんですね。とても素敵な場所ではあったのですが、逆に四季のある日本の良さ、それによって旬が生まれる和食の良さも実感するきっかけになりました。アジア圏の食事は基本的に中国からの影響を強く受けていることが多いのですが、和食は唯一無二だなと。

陽介さん baimaiで作っているもの自体は東南アジアの食事に近いのですが、現地のものを忠実に再現するのではなく、日本の食材でオリジナルのカレーを考案することが楽しいですね。

─こちらのお店では、どんなことを大切にしていますか。

若木さん このお店は「カレースタンド」ということで、日常生活の中で気軽に食べられるというポジションの中で最大限おいしく作る工夫をしています。たとえば、自分たちが応援している農家さんの野菜を使うようにしたり、カレーによく使う玉ねぎの切り方や炒め時間に気を配ったり。日常から離れた価格になってしまわないよう、こだわり方のバランスを取っています。

陽介さん また、お昼時は忙しい方が多いですし、時間を有効に使ってなるべく早く提供できるようにもしています。

─たしかに提供が早いと思いました…!副菜もたくさんあるのに。

陽介さん そのようにオペレーションしているんです。準備もしっかりやってますしね。お待たせしすぎないように、みなさんの食べたい気持ちがピークの状態でお出ししたいので。

若木さん このへんは、陽介さんの料理人20年の技ですね。飲食店経験がある彼がいるからこそ、カレースタンドとしてお店を回すことができています。

居酒屋の間借り、移動販売を経て

─そもそも、baimaiはどのようにしてスタートしたのでしょうか。

若木さん 高崎市で居酒屋を経営している知人が、「昼間、お店が空いてるから使ってくれないか」と私に提案してくださったんです。私は当時美容師をしていたのですが、日曜日は休暇日だったので、日曜日のお昼だけ間借りしてカレーを提供させてもらって。

─どうしてカレーを?

若木さん カレーが好きで、もともと個人的によく作っていたんです。カレー屋がやりたい、と強いこだわりがあったわけではないのですが、せっかく何かやるならカレーかな、と思って。

─その後マルシェやクラブなどへの出店を経て、移動販売に移行されたそうですが、どんなきっかけがあったのでしょうか?

若木さん 移動販売はもともとやってみたいなと思っていたんですが、美容師の仕事のお客さんや飲みの場で知り合った方など、色々な属性の友人に「初期費用もそこまでかからないし、やってみたら?」と背中を押してもらったのが大きいですね。移動販売を始めたのが2011年だから、あれからもう9年も経つことになりますね。

移動販売店「ポンカレー」でカレーを提供していた若木さん

─移動販売は、店舗での営業とどんなところが違いますか?

若木さん まず、天気に大きく左右されるところですかね。群馬は夏は暑いし冬は寒いし、風も強いのでなかなか大変で。あと、移動する時間を逆算すると起床時間が午前2時になることもあって、生活も不規則だったかもしれないですね。……それでも、いろいろなところに仕事として行ける楽しさと、知り合いがどんどん増える嬉しさがあったから、続けることができていました。

─その後、富岡市に店舗をオープンされましたね。

若木さん そうですね。なるべく固定費が安く、納得のいく材料を使いながら経営が成り立つ場所を探していて。実はそれまでほとんど富岡市に行ったことすらなかったのですが、移動販売をする中で西毛地区の方とご縁ができてきて、この地でやってみたいと思うようになりました。そこで「おかって市場」の高橋さんに相談して、あの古民家を紹介してもらったんです。ほとんど自分たちでリノベーションして作った、愛着のある店舗です。

家族とファンのために、前へ進む

「さつま芋とひよこ豆のベジカレー」にパクチーをトッピング。ホクホクの芋と豆が嬉しい、ヴィーガン対応のカレー

─現在は富岡のお店を休業し、こちらの「curry stand baimai」を高崎でオープンされました。その理由は?

若木さん 家族で生活することを考え始めたから、ですね。実は過去、「カレーづくり、やめようかな」と思ったことがあったんです。それまで長くやってきて、ほんとうに苦労が多かったので……。それで、妊娠がわかってからは、先ほど話したようにスパイスの香りが苦手になってしまったこともあり、お店も閉めてカレーの加工販売のみに業務を絞りました。

─それでも復活したのは、家族のため。

若木さん そうですね。陽介さんと出会って、子どもが出来てから、仕事の見え方が変わってきたんです。「前に進むしかない」といった感じで。また、いろいろなところから再開を望むありがたい声もいただいていました。そういう方たちの思いにも応えたくて。

陽介さん そこから二人でお店やっていくことに決めたんです。カレーじゃなくてもいいから、何かでやろうと。正直、僕としては、彼女がずっと大切にしてきた「baimai」というブランドをどうにかして継続したかったというのも大きな理由です。

─なるほど……。それで、高崎市にお店を開くことにしたのですね。

若木さん そうですね。私が間借りでカレーを提供していたのも高崎だったし、陽介さんが過去に高崎でバーをやっていこともあり飲食店仲間も多い場所で。いろいろな理由が重なって、この地域を選びました。

─こちらの店舗も大通りに近くて大きな窓があり、素敵な物件です。

若木さん ここが空いてるのは知っていまして、でも家賃高いだろうな……と少し躊躇したのですが、カレースタンドのイメージには合っていたし、立地条件も良くて。

─ちなみに今後、富岡市の店舗はどうしていく予定ですか?

若木さん もともと古民家ということもあり、落ち着いてゆっくり食事できるところとして再起動したいですね。とことんゆっくり、長居してもらうような場所。せっかく和食の技術がある陽介さんと結婚したわけだし、もっと和食のエッセンスも融合させて、質の高いものを出してみたいですね。高崎の店舗とはコンセプトを分けて差別化するつもりです。

陽介さん たとえば週末だけ営業して、予約制でコース料理を提供するとか。それで美味しさを知ってもらって、気軽に食べられる場所としてこちらのカレースタンドも機能させることができたらいいな、と考えています。

ローカルにおける起業、そして「飲食店」の姿

─これから、お二人はどのように事業を展開させてゆきますか。

若木さん 経営をしているといろいろやりたくなってくるもので、飲食以外のプランも考えています。たとえばハーブを自家栽培してみるとか。それぞれが相乗効果を持つ取り組みを増やすような経営を目指して、それらがいくつ実現できるかな、とワクワクしています。

陽介さん ファンに答え続けるためには、システム化していく必要もあるよね。僕たち以外の人も再現できるようにレシピをきちんと作ったり、経験をもとに感覚的にやってきた作業をマニュアルにしたり。

若木さん そして、それを実現するにはやっぱり人間同士のつながりが大事だと考えています。私たちはそれに助けられてきましたからね。「こうありたくてここに立ってる」ではなく、周りに生かされてきただけだから、恩返しのつもりで働いているというか。

─たとえば、これまでにどんな手助けがありましたか?

若木さん パンフレットやロゴはまちの編集社さんのサポートのもと、県内で活動するカメラマンやデザイナーのみなさんに制作していただきましたし、お世話になっているしののめ信用金庫さんのご協力でフードビジネスの商談会にも参加することができました。この物件もまちごと屋さんからお借りしてますし、地域の関係性の中で助けられていますね。

陽介さん このパンフレットには販売しているカレーペーストの使い方を掲載してみたのですが、これが名刺がわりになり、1日で結構減るんですよ。商談会も初めてで緊張しましたが、普段は会えないような大手の方々とお話しして、値段の決め方など、業界の大きな流れを知るきっかけになりました。

陽介さん しののめ信用金庫の職員の方々は普段からよくカレーを食べにきてくださることもあり、「金融機関」という組織やそこで働く方に対するイメージが変わりましたね。ただお金のやりとりをするだけじゃないんだ、と。

─人間同士のつながりで続いていくカレー屋さん。地方ならではの飲食店のあり方のように思います。

若木さん たとえば、無駄なものを生産せず、もっといいものを作ること。そのためにうまく連携していくような営みは、もしかしたら都市部より地方のほうが得意かもしれません。陽介さんも、よく「これは愛がある」「これは愛がない」なんてことを言うよね。

陽介さん その先に人々のつながりや愛を感じるかどうかは、モノを選ぶときの大きな基準になっています。服も農作物も、愛があって作られたものは、佇まいから違うんです。「色気」とも言えるかもしれないですね。curry stand baimaiはオープンのタイミングがコロナウイルス感染症の拡大とぶつかってしまいましたが、だからこそ、これまで以上に人間同士の助け合いを大切にしたいと思っています。

居酒屋の間借りから始まり、拠点を移しながら活動を続け、10年目にオープンしたcurry stand baimai。「とにかく人に尽きる」と繰り返し語るお二人の人を想う優しさは、これからさらなる縁を呼び、この地域の風を循環させていくことと思います。

curry stand baimai(カレースタンドバイマイ)

  • 所在地:群馬県高崎市本町64-1-1
  • 営業時間:11:00〜15:00
  • 定休日:月曜日、火曜日

[baimaiがつくるカレーペースト、真空カレーを購入できるところ]

  • おかって市場(富岡市富岡1450)
  • スーパーまるおか(高崎市棟高町1174-1)
  • 群馬いろは(高崎市八島町222 イーサイト高崎2F)

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