群馬のナチュラルワインシーンを盛り上げる専門店 TAKASAKI WINE SHOP橋本屋

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岩井光子 ライター/編集

Photo by土屋ミワ

インタビュー

高崎や前橋でナチュラルワインを扱う飲食店が増えています。自然派ワイン、ヴァン・ナチュールなど呼び名はいろいろですが、皆さんは飲んだことはありますか? 地方でナチュラルワインシーンが盛り上がる要素の一つとして、魅力的な専門店が地元にあることの意味は大きいと思います。飲食業から業態変更して2020年、高崎市連雀町にナチュラルワインの専門店「TAKASAKI WINE SHOP橋本屋」をオープンした橋本臣一さんに話を聞きました。

異次元だったメルロー

橋本さんとナチュラルワインの出合いは10年ほど前。旅先の八ヶ岳で星野リゾートが運営するレストラン「OTTO SETTE(オットセッテ)」に立ち寄った時でした。「ワインがお好きだったら面白いものがありますよ」、ソムリエに薦められて飲んだワインに衝撃を受けたそうです。

「香り、味わいもそうですけど、もう異次元でした。頭の中で整理がつかない。でも、何かこうおいしさというか、体にしみ入るものがある。その時はソムリエの方からも説明はなく、ナチュラルワインだとはわかりませんでした」

橋本さんはそのワインを群馬へ買って帰り、当時取り引きしていた酒店やソムリエとの宴席で飲んでもらいました。

ところが、仲間の反応は芳しくありませんでした。

「これすごいんですよって飲んでもらったら、みんな『え?』って。『橋本さん、これおいしいの?』って…。あれ? 俺の舌が間違ってんのかなと(笑)。それからしばらく自分の思いは封印してました」

小規模生産で個性的な醸造家ぞろいのナチュラルワインの世界。ラベルも楽しい。王冠の栓が多いのは、環境への配慮や独特なコルク臭の発生を避けるためだそう

ナチュラルワインの定義は人によってさまざま。橋本さんによると、「農薬や化学肥料を使わずに育てたブドウを野生酵母だけで発酵し、亜硫酸塩などを極力加えずに作られたワイン」。酸化防止や抗菌目的で、大抵のワインに添加されている亜硫酸塩がほぼ添加されていないことはナチュラルワインの大きな特徴の一つです。亜硫酸塩は多く入れると香りに影響したり、味わいをかたくしたりします。ですから、逆にそれがないナチュラルワインを初めて口にすると、飲み当たりの良さから薄い、ジュースみたい、などと感じる人はいるそうです。

オットセッテで橋本さんが飲んだワインとは、今では日本のナチュラルワインを牽引する山梨のワイナリー「ボー・ペイサージュ」のメルローでした。

「岡本英史さんっていう、世界的にも有名な作り手が山梨県北杜市で作っているワインで、今は一般のお客さまはなかなか買えないワインです」。橋本さんはセラーの奥に大切に保管してあったポー・ペイサージュの一本を、特別に見せてくれました。

「ナチュラルワインってよくカウンター・カルチャーっていわれるんですよ。世の中で主流の価値観に対して反発心や疑問を抱いた人たちが始めた。なんでワインなのにブドウと野生酵母だけで作らないの? なんで酸化防止剤を使うの? そういう疑問を持っている人たちが90年代にボコボコ出てきたんです」

橋本さんの説明通り、ナチュラルワインが脚光を浴び始めた時期は世界的に見ても90年代に集中しています。大量生産のために除草剤や化学肥料を使ってブドウを育て、醸造工程もケミカルな処理が堂々と行われるようになっていった時代の反動で生まれた、手間を惜しまない自然回帰のワインというわけです。

心決めた二度目の出合い

橋本さんは1977年生まれ。前橋の街中で育ち、高校卒業後は市内の飲食店に勤めていましたが、2011年に独立。高崎市内に「WADACHI」をオープンします。

封印していたナチュラルワインへの思いが再燃したのは、勉強も兼ねて西荻窪の人気ビストロ店「organ」に出かけた時でした。

「organの料理が良いなと思っていて、話が聞きたくて出かけたんですけど、そこのワインが全部ナチュラルワインだったんです。それで、『あ、この料理の世界観はナチュラルワインだ』って合点がいって、改めてナチュラルワインに心ひかれたんです。そこからは一気にシフトしちゃいましたね。飲食店の経営者はどこかで他のお店との差別化を狙うじゃないですか。いろいろ探っていった時に僕はこっちだってわかったんです。それが9年ほど前のことです」

橋本さんは2018年、連雀町にWADACHIの姉妹店「炭ビストロコショネキッチン」を開店し、両店でナチュラルワインを扱うようになります。

しかし、コロナ禍に入った2020年以降、店舗経営は厳しくなります。営業自粛要請が繰り返され、外食に出る人はめっきり減りました。橋本さんは業態変更を真剣に考えるようになります。

「店の一角でもナチュラルワインを販売し始めてたんですけど、群馬では一般のお客さまがなかなかナチュラルワインを買えるお店がないと感じていたこともあって、2020年12月に連雀町の方のお店をワインショップに変えました」

2022年10月にはWADACHIも閉業。高校卒業から29年続けた飲食業に区切りをつけ、ナチュラルワイン専門店「TAKASAKI WINE SHOP橋本屋」として心機一転、新しいスタートを踏み出すことを決めたのです。

大きな先駆者の存在

橋本屋は今、20ほどの輸入業者と取り引きしてナチュラルワインを仕入れています。イタリア、フランスをメインに日本、ドイツ、スペイン、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、チリ、チェコ、ギリシャ——。東西ヨーロッパから新興国までさまざまな国の商品が並んでいます。仕入れ先の開拓は大変だったと、橋本さんは振り返ります。

セラー室の温度は15度以下に保たれている。無濾過で化学的な処理をしていないナチュラルワインは、ワインの中の微生物のバランスを保つためにも15度以下での保存が必要になるという

「ナチュラルワインの需要はワイン人口の大体1割くらいだといわれています。10%あるかないか。ナチュラルワインでやっていこうと思ったんですけど、まぁ、いろいろ苦労しました。まず輸入業者との取引がすんなりいかない。ナチュラルワインは流通量が少ないから、向こうもワインの価値をきちんと理解しているところに卸したい。ぽっと出てきた酒屋にはなかなか卸してくれませんでした」

「フランスのワインを扱う輸入業者からは『なぜうちと取引したいんですか?』と聞かれたのでその理由を文書にして提出して、それから審査が入って…。大変でしたが、僕の思いときちんと向き合ってくれていることはわかりました」

飲食店経営の頃とは客層もガラリと変わり、試行錯誤の連続だった橋本さんを支えたのが、2016年から羅漢町でナチュラルワイン専門のワインバー「ルケ」を営む菊地達也さんでした。

「ルケの菊地さんの存在はやっぱり大きいです。当時ナチュラルワインだけを出す店は県内にはほとんどなかった。僕もシフトはしましたけど、店舗にはビールや日本酒も置いていたんで、ナチュラルワインだけで先陣切ってやってくれたのは本当にすごいことだと思います」

今では互いの店が相関関係にあり、高崎に来たお客が橋本屋に寄った帰りにルケで食事をしたり、ルケで食事をしたお客が橋本屋でワインを買って帰ったり、高崎に遊びに来た観光客がナチュラルワインを楽しむコースとして定着しつつあるようです。

「菊地さんは多分、深掘りしていくタイプだと思うんです。僕もその作業は常にしているつもりなんですけど、酒屋の立場で何をしていけばいいか考えると、深掘りしながらも広げていく必要がある。ナチュラルワインの世界観を知らない人たちにいかにアプローチできるかというところだと思います。今まで飲んだことのない人にいかに届けるかが、僕のやるべきことなのかなと」

菊地さんも、群馬のナチュラルワインシーンの牽引役を橋本さんに期待しているようです。

「橋本くんは猪突猛進なところもありますが、僕にはない馬力と推進力を持っていて、そこが人をひきつける。地方でナチュラルワイン文化が根づくためには、飲食店を引っ張る腕力のある酒店がその土地にあることが重要だと思っているので、その部分を彼に期待しています」

菊地さんが立ち上げた群馬発のナチュラルワインフェスティバル「natural holics!」を橋本さんがサポートするなど、両店がイベントを共催しながら群馬のナチュラルワインシーンを盛り上げていく動きは今後も期待できそうです。

来店したお客を全力でサポートするのが橋本さんのスタイルだそう。誰とでも対等な関係を保ちつつ、群馬のナチュラルワインシーンを盛り上げていきたい思いが強い

「Don’t think, drink!」

ナチュラルワインは小規模生産者が多く、手間のかけ方やこだわりに面白いエピソードが詰まっています。橋本屋はオンラインショップも開設していますが、できれば店舗を訪れて買うことをお薦めします。橋本さんは輸入業者からたくさんのストーリーを仕入れているので、いろんな話を聞きつつ店内を見て回るのは楽しいひとときです。私も取材帰りにお薦めしてもらったスペインのナチュラルワインを買って帰りましたが、とってもおいしくて、それから数日間は夕飯時がいつも以上に待ち遠しかったです。

自分の味覚が起点となってナチュラルワインの沼にハマった橋本さん。ワインの世界は難しそうで苦手と思っていた人はぜひナチュラルワインの世界観に触れてほしい

橋本さんと交流のある岡山の栽培醸造家、大岡弘武さんは著書に「Don’t think, drink!」がナチュラルワインの醍醐味と書いています。ナチュラルワインの世界はとてつもなく奥深いのですが、まずは飲んで五感でその世界観を味わうべき。誰もが自分の尺度で楽しめる遊び心あふれる世界でもあるのでしょう。橋本さんも「 “ジャケ買い”すると意外とハズレがない」「陶器の器で飲むと意外においしい」など、面白い楽しみ方を提案してくれました。

野生酵母だけで作ったワインは、年によっては人間の想像を越えた素晴らしい出来になることがあるという

「僕はどちらかというとナチュラルワインが他のワインとも共存していけたらと思っています。クラシックなワインの世界もありますし、スーパーで売られてるようなお手頃なワインもあります。その中で選択肢の一つとしてナチュラルワインをいろんな人たちに試してもらいたい。それで少しでも食卓に潤いが出たらいいなと」

僕がうれしいのは、お客さんがまた同じワインを買いに来てくれた時。僕が薦めた1本を『ほんっとにおいしかったからまた買いたい』と言ってもらえると幸せです

第一歩としては、橋本屋の店頭で行われている角打ちや試飲イベントに参加してみるのがいいかもしれません。「日々の食卓に、ワインを」、橋本屋のサイトにもそんな言葉が書いてあります。お店に行って橋本さんと雑談しながらこれはと思う一本を選んで、まずはナチュラルワインの世界を体感してみてください。

TAKASAKI WINE SHOP 橋本屋

住所:群馬県高崎市連雀町131 
TEL:027–324–0141 
営業時間:月〜金11:00〜21:00、土11:00〜19:00
(2023年7月1日より上記営業時間)
定休日:日曜 

https://shop.wine-hashimotoya.com

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