「地元の飲食店を未来につなげる&自粛中も美味しいものが食べたい」と信金職員が一人で作り、後に信金公式事業になったテイクアウトサイトのこと。

岩井光子のプロフィール写真

岩井光子 ライター/編集

Photo by市根井

インタビュー

飲食店のテイクアウト情報をまとめたサイトは、コロナ禍で数え切れないほど作られました。運営元は大手グルメサイトであったり、先売りチケットやプレミアムクーポンを出した自治体であったり、市民ボランティアであったり様々ですが、地域の信用金庫が運営元になっているサイトは珍しいのではないでしょうか。富岡市に本店を構えるしののめ信用金庫の「とみおか・かんら・ふじおかテイクアウト&デリバリーガイド」を作ったのは、法人営業部の永田啓介さん。ウェブメディア「つぐひ」を制作する「まちの編集社」担当者でもあります。

構想から公開まで一人で奔走

富岡生まれ、富岡育ちで、現在も市内に暮らす永田さん。サイトの構築はすごく個人的な思いが募って始めたこと、と振り返ります。富岡市では昨年3月28日に初めて新型コロナウイルスの感染者が出て、世界遺産・富岡製糸場を軸に観光客でにぎわっていた個人経営の小さな飲食店も大きな影響を受けていました。

「自分が何回かご飯を食べに行ったくらいでは1店舗を1カ月支えることすらできない。そんな無力感から、エリア全体で消費の循環を促して、もっと根本から地域経済を支えるしくみが必要だという思いがありました。でも正直、こんな時だからこそ栄養のある、おいしいものが食べたいという個人的な動機も大きかったです(笑)」

まちのイベントにDJとして参加することも多い永田さんは昨年4月1日、懇意のイタリア料理店「イル・ピーノ」のオーナーシェフ・馬場俊人さんにテイクアウトやデリバリー情報をまとめたサイトを作りたいと話し、賛同を得ると、その日の夜からすぐさま動き出します。馬場さんの知り合いの店にも声をかけてもらい、市内4店舗の情報をまとめると、3日間で公開までこぎつけました。

地元の交友関係が広い永田さんのことですから、友人何人かでサイト構築を進めたのかと思いきや、スピードを重視した永田さんは、ドメイン取得からサイトのレイアウト、各店との連絡調整、コンテンツの整理までほぼ一人で完結させてしまったそうです。

公開直後のサイトトップページ。当初の対象エリアは富岡のみだった

デザイン面では、ここ数年、「まちの編集社」に深くかかわり、プロのデザイナーの仕事ぶりを間近に見てきたことがとても役立ったそうです。

「パブリックデザインとかユーザーインターフェースを考慮するみたいな発想は、まちの編集社で一緒に活動させてもらって、いろいろ勉強させてもらった経験の賜物かと(笑)。もともと自分の音楽イベントのフライヤーは自作していましたので、趣味で使っていたホームページ作成ツールを使って、自分一人で進めていきました」

各店舗トップページの写真も、8割方永田さんが撮影したものです。


富岡エリアのページ。気になる料理の写真からお店の情報に飛べる。「利用者もお店側も、双方が新規開拓につながったらいいですよね」と永田さん

「おいしい料理をきちんとおいしそうに伝えたかったので、提供していただいた写真データも撮り直した方が良いと思った場合には、出向いて撮影させてもらいました。サイトの利用者は正直なので、おいしそうでないとそもそもクリックしてもらえませんし、実効性を高めなければ、と思って」

確かにエリア別のトップページを見ると、メニュー写真が窓口になっているので、写真に引力があるかどうかが店選びの判断材料になります。ユーザーは気になった一皿をタップすれば、そのままその店のテイクアウトやデリバリーの詳細に飛べるので、導線は極めてシンプルです。

テイクアウトで普段利用するエリア外の新しい店を開拓してみるのも、外出がままならない今はちょっとした旅気分が味わえて楽しいものです。市外の人でも食べてみたいメニューから気軽にアクセスできるようにした仕掛けがうまくハマり、掲載店からも商圏外の新規のお客さまが来店された、という声が多く寄せられました。

「このサイトを見て、もし自分のところのホームページもお願いしたいと思った人がいたら、適正な予算をとってもらって、信頼できるプロのデザイナーやカメラマンを紹介するのが本来まちの編集社の役割でもあるのですが、今回はとにかくスピードが重要だと思ったので、自分ができる範囲でやりました」

信用金庫の事業になった意外な理由

では、永田さんの個人的な思いからスタートしたサイトが4月17日、しののめ信用金庫のプロジェクトとして改めてリリースされたいきさつは? その理由はちょっと意外なものでした。

「サイトの反響がわりとあって、新聞社系列のフリーペーパーから取材依頼が来たんです。僕も一応会社員ですので(笑)、さすがに勝手に取材受けたらまずいかなと考えて『実はこういうことを始めました』と報告したら、理事長から『これこそ事業者の本業支援になることだから、会社の事業としてやってほしい』と指示がありました」

永田さんはしののめ信用金庫の新規事業として公表するに当たり、気がかりだった掲載条件について念のため確認を入れたと言います。

「しののめ信用金庫の取引先かどうかとかいう、掲載基準は設けたくないという話はさせてもらいました。理事長も『それは当然だから、気にせずこのまま続けていい』と即答してくれて、それはありがたかったですねー。理事長は常々『信用金庫は地域と一蓮托生だ』と言っているので、その辺りの公平性は常に意識してくれているのかな、と思いました」



現在(2021年1月末時点)、サイトの掲載店は60店舗(富岡33店、甘楽2店、藤岡25店)に増え、閲覧者は約46万PV(ページビュー)に上っています。

永田さんの知り合いから始まった掲載店は、その後、自然な広がりもあったそうです。

「富岡はわりと店が密集していてネットワークもあるので、店舗間の紹介で連絡をくださったり、一般の方が『ここのお店がこんなこと始めたみたいよ』と情報をくださったケースもありました」

テイクアウトやデリバリーの情報掲載とあわせて、資金面や制度面からもアドバイスができるのは、金融機関が運営元である強みかもしれません。掲載店のオンライン上の連絡先は、営業短縮要請に伴う県や市町村の支援金情報などをいち早く伝達する窓口としても機能しました。例えば、テイクアウトに伴うお酒の販売には本来酒類小売業免許の取得が必要ですが、期限つきの酒類小売業免許が交付されることになった4月10日のニュースを、永田さんは国税庁の発表直後にイル・ピーノの馬場さんに連絡しています。

お互いの熱量が相乗効果に

店での飲食提供と、持ち帰りのテイクアウトやデリバリーでは相当勝手が違い、すぐに移行できるわけではありません。衛生管理面の注意事項もありますし、場合によっては新たな営業許可を取得する必要性も出てきます。それでも前を向き、新しい業態に真剣に取り組もうとする店側の熱量に、永田さんは触発されたと話します。

「サイトの話を聞いてもらって、最初は多分半信半疑の部分もあったと思いますが、すぐに(テイクアウトの)試行錯誤が始まって、どんな形のメニューがおいしさを保てるかとか、容器はどうするかとか、新メニューを考案したり、菓子製造業の許認可を新たに取ったり、協力してくださった各店の方の熱量はすごく感じました」

サイト開設と並行して富岡市内では、1万8千部のチラシも配布。インターネットでの情報取得に慣れていない層への周知にも努めた(サイト内写真より)

「それで、本業に集中してもらうためにも、情報発信に関してはできるだけ私がサポートしていこうという決心が一層強まりました。注文時間と受け渡し時間をこまめに確認したり、注文を電話に限るのか、あるいはSNSでも可能かどうかなどを細かく聞きました。お店と利用者をつなぐからにはオペレーションや予約管理がお店の負担にならないよう、こちらでできる交通整理はしなければ、と気をつけていました」

こまめなやりとりは、信頼関係の醸成にもつながっていきました。掲載店同士の交流が生まれ、写真の撮り方、見せ方にも以前より関心を持ってくれるようになり、「情報発信の重要性に気づいた」と言ってもらえたことがうれしかった、と永田さんは話します。


「(テイクアウトやデリバリーの利用で)飲食店を救ってあげよう、みたいな世の中の風潮がどうも腑に落ちなくて…。むしろ、外出自粛でさびしい我々の生活を豊かにしてくれるのが飲食店でしょ!と思っていました」と、時流への違和感を制作の原動力にしていたとも語る永田さん。

思ったことを行動に移せるのは、まちのため、誰かのためというよりも自分のため、当事者意識が働くからこそ、と永田さんは言います。でも、自分の生活圏を豊かに、持続可能なものにしたいという願いは、結局はまちのため、誰かのためになる。ローカルなまちには、そんな好循環が生まれるポテンシャルがまだまだあるのです。

(サイト内写真より)

recommend