学生時代に食べたアメリカンクッキーのおいしさに衝撃を受け、そこから継続的にレシピを研究。結婚・出産後も、家族のために焼き続けていたクッキーづくりのスキルを活かし、7年前に太田市で「Yoko’s Cookies」を開店した長島陽子さん。子育てと両立しつつ、起業家としてもステップアップを続けています。
アメリカンクッキーは最高においしい!
1枚でもおなかと心が満たされそうな、大きく厚みのあるアメリカンクッキー。アメリカンクッキーのイメージが湧かない人は、不二家の「カントリーマアム」という商品を思い出してもらうと、近い食感が想像できるかもしれません。あんなふうに中心部がソフトでしっとりしているのが、オーソドックスなアメリカンクッキーの特徴です。

高崎市に生まれ育った長島陽子さんとアメリカンクッキーの出会いは、陽子さんが20歳の頃、学生時代までさかのぼります。
「所属していたゼミのアメリカ人の先生が、クリスマスにチョコチップクッキーを焼いてきてくださって、その時初めて食べました。無骨な見た目でしたが、今まで食べていたクッキーと全く違う食感と味に衝撃を受けて、『一体これは何⁉︎』って(笑)。すごくあたたかみを感じるし、おいしいなぁと感動しました」
探究心旺盛な陽子さんは、すぐに自分でもつくり始めます。

「先生にレシピを聞くこともできたのですが、私はお菓子づくりが好きだったので、自分なりにその時感動したクッキーのレシピを再現し始めて、夢中になりました。植物や園芸について学ぶ学校だったのですが、最終的に私が一番そこで学んだのは、『アメリカンクッキーは最高においしい!』ということ(笑)」
極めたのはチョコチップクッキー。国産小麦100%で、甘さ控えめ。材料も納得いくものを探し求め、さまざまなレシピを試しては、家族や友人に配り、食べてもらいました。

卒業後、結婚を機に太田へ移住した陽子さんは、しばらく専業主婦として子育て中心の日々を過ごします。
「Yoko’s Cookies」開店のきっかけは、2人の子どもが小学校に上がるタイミングで、そろそろ働こうと思い立ったことでした。当初は起業するなどとは夢にも思わず、パートで働くことなどを想定していたそうですが、これぞと思う求人にはなかなか巡り合えません。
見かねた家族から提案を受けたのは、そんな時でした。
「ママのクッキーを売ってみたら?」
いつか自分の店を——、それがママの夢だと知っていた家族は、陽子さんにあえて発破をかけたのです。
「ママが得意なこと、好きなことをやるべきでしょと、一番背中を押してくれたのは家族でした」
自分らしいワークライフバランスを
他と差別化できる商品はほぼ完成していましたが、経営は未経験。そんな陽子さんにとって渡りに船だったのが、太田市が女性起業家を輩出するため2015年に始めた「おおたなでしこ未来塾」(※)でした。
県内では珍しい女性に特化した講座で、何か事業を始めたい、働き方を変えたいと思った女性たちが講師やメンター、他の参加者との対話を通し、自分らしいワークライフバランスを基に事業計画を作成する全5回の講座です。参加は無料で、託児サービスもあります。
※市の運営は終了し、2019年以降の事業運営は卒塾生が設立した一般社団法人「なでしこ未来塾」が継承しています。
陽子さんはこの講座に第4期生として参加。そこで知り合った女性たちは今でも心の支えとなっているそうです。

「本当に起業は一人ではなし得なかった。私と同じような境遇の女性たちが20人ほど参加していて、互いに勇気づけ合う仲間ができたと思っています」
「誰に」「何を」「どのように届けるか」、陽子さんは講座を通し、お店の理念や顧客像などを具体的に掘り下げていきました。基本に据えたテーマは、「食にこだわる本物志向の方に、あたたかみのあるアメリカンスイーツを提供する」。アメリカンクッキーの感動を再現したいと夢中になった20歳の頃の情熱は、ビジネスでも原点として継承していきます。
経営方針にはフレッシュ、ハンドメイド、エレガントの3つを掲げました。完全予約制にして、手づくりの焼きたてクッキーを提供するというサービスの流れがフレッシュ&ハンドメイドの部分ですが、最後のエレガントとは?
「チョコチップクッキーって、基本的にはコーヒーショップの端に売っているようなカジュアルなものですよね。それをエレガントなイメージでギフト化して提供しようと考えました。実は地方都市の手みやげ不足を解消したいと思ったことも起業の動機の一つで、そういう役割も担えたらいいなと」

陽子さんは講座を卒塾した直後の2018年秋、開業届を出し、Yoko’s Cookiesを自宅でオープンしました。
「最初は息子の部屋をクッキー製造所に使わせてもらい、予約してくださったお客さまには玄関で商品をお渡しする形で始めました。完全予約制にして家庭の予定を組みやすくしたので、子どもの学校行事にも出られましたし、本当にお客さまのおかげで、スモールスタートで無理なく始めることができました」

滑り出しは順調でした。
「完全予約制で、自宅を受け渡し場所にしたことで、逆に希少性が増したのかもしれません。お客さまが予約購入というハードルを希少価値とポジティブにとらえてくださって、『やっと買えてよかった』『初めて食べたけどおいしいね』とリピーターになってくださいました」
最初の壁がスケールアップの転機に
転機を迎えたのは、3年目に入った頃。お店の成長は実感できたものの、原料の粉袋などが自宅のスペースを圧迫。陽子さんも夜まで作業に追われる日が増え、家族のことに手が回らなくなっていきます。
「家族優先で始めたはずなのに、いつの間にか仕事優先になってしまい、一人でやるのも限界でした。お店を始めるまでは専業主婦でしたから、余裕のない私に家族の不満も募っていって…、子どもたちからも『あの頃が一番キツかった』と言われます(笑)」
家族会議を開いて話し合い、自宅からの移転を決断したのが開業4年目のこと。

「あとは私、人に仕事を頼むことがすごく苦手なのですが、作業工程のオペレーションを誰にでもまかせられるよう整理するきっかけにもなりました。洋菓子店は普通、職人が全工程をやるので長時間勤務になりがちなのですが、工程を短く切って、誰でも短時間から入れて、なおかつ需要に見合う製造ができるようにマニュアルをつくりました」


また、移転のタイミングでパッケージデザインも一新しました。
「性別や年齢に関わらず、カッコ良く持てるものをつくりたいと思って、男性の意見もたくさん聞きました。クッキーのパッケージは女性好みのかわいらしいものが多いですが、男性が持っても恥ずかしくないようなカッコ良さとエレガントさを意識しました」

必要に迫られた新店舗への移転が、結果的には「事業を次のステージに進めるきっかけにな った」と陽子さんは振り返ります。
女性たちの社会復帰を後押ししたい
今後について、陽子さんは夢を語ってくれました。
「チョコチップクッキーといえば、Yoko’s Cookiesっていうところまで広めたいという大きな目標があります。もっと上手にブランディングしていきたいし、進化させていきたいです」
もともとクッキーの研究が大好きだった陽子さんは、新商品のアイデアは1年365日、常にあたためているそうです。丸く厚みのあるクッキーは看板商品のほか、四季限定で4つずつ新商品を出していますが、最新作はこれまでとは趣向を変え、食感も大きさも異なる「みそダーククランチクッキー」。

老舗みそ漬店・たむらやの「さざれ石」という赤みそを使用し、これまでで最も群馬色を出した商品です。焼くと香ばしいみその風味はクッキーによく合い、不思議とチョコレートに似たコクも感じます。
群馬の手みやげ需要を積極的に発掘していこうと、最近は販売方法も模索しています。予約販売だけでなく、月1回、高崎駅でポップアップ出店を始めたり、法人の顧客開拓などにも力を入れているそうです。

陽子さんは女性起業家のセミナーや集まりに招かれる機会も増え、9月には東京・品川や群馬県庁で行われた女性起業家たちのミートアップイベントに相次いで登壇しました。
「会社の規模や職種にかかわらず、皆さん、多忙な中でひねり出したスキマ時間に全力を投じてがんばっています。家庭との両立や資金調達など、女性起業家が抱える課題はすごく似ていますね」
子育てと仕事を両立するために、どんな働き方改革をしてきたか——、その工夫を聞きたい女性が多いことを知り、陽子さんは将来的にはYoko’s Cookiesのマニュアルも活かしてもらいたい、と考えるようになったと言います。
「アメリカでもクッキーづくりはさまざまな社会貢献の場で活用されています。Yoko’s Cookiesのビジネスモデルも、今はまだまだですが、いずれ短時間から社会復帰したい子育て中の女性たちの就労支援、地域支援の場などでお役に立てたらいいなと思います」

陽子さんが学生の頃から追求してきた、あたたかみのあるアメリカンクッキー。開業から7年、自分の好きなことも、家族との時間も、両方あきらめたくない——。陽子さんが試行錯誤してきた自分らしい働き方も、今では多くの女性たちを勇気づけています。
◾️Yoko’s Cookies購入方法
- オンラインストアで予約注文し、店頭で受け取る(全国発送あり)。
- 常設店(イオンモール太田)・自販機(東武線太田駅、太田市役所、イオンモール太田に設置)で購入。
- イベント出店で買う(JR高崎駅の群馬いろはで月1回pop up出店中、群馬クレインサンダーズのホーム戦会場にも不定期出店)。
- いずれも情報詳細はInstagramで
Yoko’s Cookies
太田市飯塚町869-1 Long Island BLDG.2F
営業日:火・水・木・金(土曜は不定期営業)
営業時間:11:30〜15:00