「小さなことしかできないけど、変わらぬ味を。できればよりおいしく。」創業100年・富光堂の心とろける食パンの話

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武井仁美 まちの編集社(株式会社まちごと屋)

Photo by市根井

インタビュー

最初にお伝えしたいのですが、今回のお話は昨今の食パンブームとはあまり関係ありません。世の中が「食パン」に騒がしくなったよりもずっと前から富光堂は地元の人を中心に評判の店であったし、長年のファンがたくさんいてパンは毎日完売しています。それでも、富岡・一ノ宮の人々のふつうの毎日とたまの特別な日に100年寄り添ってきた、富光堂という存在がいまここにあることの嬉しさを伝えたくて、この記事をお送りします。

2020年夏に上信電鉄 日々がちいさな旅になるのポスター撮影で訪れた富岡市一ノ宮の富光堂。ふわふわの絶品食パンに心と胃袋を掴まれたのと同時に、温かく誠実にお店を営んできた富澤英彰さんと弓子さんのお人柄にも惹きつけられました。コロナ禍でお披露目のタイミングを見計らっていたポスターも無事公開することができたので、またお二人に会いたいと再び富光堂に伺いました。

ご存知の通りパン屋さん・お菓子屋さんの朝は早いです。富光堂も勿論のこと。通常は朝5時からパンの仕込みが始まります。

「昔は焼き上がりにもっと時間がかかってお昼近くになってたんだけど、パンだからもっと早い時間にお客さんに出してあげたかったから。」

英彰さんの長年の工夫・研究や、新しく導入したオーブンのおかげで、美味しさを維持しながら工程時間を短縮。10時ごろに店頭に並ぶ現在のペースに落ち着いたそうです。

パンが焼き上がるとすぐに翌日のため型の手入れをする。
温かいうちがいいそうだ。

「生地を発酵させるホイロは50年選手で、ちょっとこだわりもあるかな。新しいのは温度・湿度を自動でコントロールできるものもあるんだけど、今もアナログなホイロでやってます。材料や工程が同じなら同じ味ができるというわけではなくて、その地域の水や、住む微生物の働きもあるんですよね。だからホイロは古いけど変えられなかったかな。」

絶品食パンの窯出しの瞬間を動画でも捉えてみました。
撮影:武井

上の動画の、焼きたてパンが出てきたオーブンの向かい側にある、シルバーの扉のついた大きな四角い箱のようなものが、50年選手のホイロです。その脇に貼られているのは、変わらぬ味を作り続けるための毎日のデータの蓄積です。

富光堂は英彰さんのおじいさんの光衛さんが大正10年に創業。和菓子が主でしたが、初代のころから薪オーブンで和菓子と一緒にパンも焼いていたそうです。当時富光堂の近所に製材所があり、薪オーブンで使う木っ端やおがくずをもらいに行く大人たちに、子どもの頃の英彰さんも一緒についていった思い出もあるそう。

「薪オーブンは、初代のじいさんがレンガとセメントでオーブンを自分で作ったって言ってたからね。最初はコッペパン、あんぱん、ジャムパンとかで、山型食パンを始めたのはその後から。戦時中で材料が揃わない時は色々と替わりになるものを混ぜて工夫して作っていたと聞いてます。」


「◯に叶」のマークは”夢がかなうように”と初代が発案。
創業100年を迎えて最近復刻した。

「薪オーブンでは温度計もないから、当時は職人の勘が頼り。たまにいつもと違う出来になったりしても、それも良しとされていた時代かもしれないですけどね(笑)。昭和40年ごろに電気オーブンへ変えることになり、苦楽を共にした薪オーブンを壊す時は、初代は泣いたそうです。」

富光堂の食パンは1本(4山)で3斤分。
1本 776円、半分の2山は388円 。

焼きたてのパンを休ませている間に富光堂の歴史も伺っていると時計は午前10時。手間ひまをかけた食パンが店頭に並ぶ時間になりました。ちょっと贅沢をしてそのまま手でちぎって食べてみます。ふわふわしっとり食感とちょうどいい塩っ気で、一口のつもりがついつい進んでしまいます。

柔らかくて温かくて繊細で、袋からそっと出して、
思わず大事に抱っこしてしまった。

「レシピは私が継いだ時も全く変えていないですね。素材は納得のいく良いものを使っています。最近は甘い食パンが流行ってると聞いたけど、うちは小麦の味をしっかり出したいのと、サンドにするあんこやジャムなどの甘さとの相性を考えて、塩っ気のバランスを大事にしています。」

英彰さんが1日の初めにまず行うことはその日の気温・湿度・水温を測り記録することだといいます。

「何しろパンは“生き物”なんでね。分析というほどでもないんだけどきちんと数字を出してその日の配合を決めて。捏ねた時の音や触った感じの勘も大切にしているんだけど、以前病気をした時に手の感覚が鈍ってしまったんでね。今はデジタル機器も駆使して、毎日変わらず作り続けることを一番大切にしています。それでもごくたまに、あれ?という日があったりするので、本当に気を抜けないですね。」

”毎日変わらず作り続ける”と穏やかに語る英彰さんの、『三代目の矜持』を感じる瞬間でした。

ふわふわしっとりのおいしさを楽しむのにおすすめなのが、注文を受けてから作ってくれる食パンサンドです。自慢のあんこを挟んだサンドや、ジャムやピーナッツバターなどのサンドも素朴ながら本当においしい。食パンの出来上がり時間にあわせて、待ちかねたように来店するお客さんや注文の電話でお店が一番賑やかな時間を迎えます。

常連さんでは一風変わった食べ方をする人もいるようですね。

「お客さんの中にはわざわざ翌日まで置いてうんと馴染ませたサンドが良いっていう人もいるんですよ。内心は作りたてを食べて欲しいですけど(笑)。」

実は私も、冷蔵庫で一晩寝かせたジャム生ホイップサンドが好きなうちの一人です。ふわふわしっとりが持ち味の富光堂の食パンですが、トーストしてもいいでしょうか?

「2山(1.5斤)を4枚の超厚切りで買ってトーストして食べるのが好きな方もいますよ。トーストするときも、先にバターを塗ってから軽く炙るくらいが、うちのパンの良さが活きると思います。スライスした時に出る端っこは店頭でサービスしているんだけど、それもトーストするとおいしいですよ。」

毎日、パンが店頭に並ぶと絶え間なくお客さんがやってきて、午後の早い時間には完売。売り切れた後も、申し訳ないですね、と来てくれた人にその都度丁寧に対応しながら、和菓子や法事・行事のお菓子作りも夜遅くまで続きます。

「その日に焼けるパンの数は24本と限られてしまうので、せっかく来てくれたお客さんに残念な思いをさせてしまい心苦しいこともあります。でも無理をして多く焼くことはできないんです。単純に一度に焼く数を増やしたり、一日に何回も焼いたりすればいいということではないのでね。二人きりのチームワークでやっているので、変わらぬ味の良いパンを毎日焼いて、お客さんにすぐお出しするには今のペースが目一杯で。」

良心的すぎるほどのお値段にも、いつも感動してしまいます。もっと価値のある美味しさなのではと思ってしまうのですが、食材の値段も年々上がる中で、これまで値上げはしてきましたか?

「巷の高級食パンと比べると、安いよね!と驚かれるお客さんは多いですね。しばらく値上げをしていないけど、ちょっと考えないと、というところまで原材料価格が上がってきていますね。」

長年のファンも、富光堂のおいしさに新たに出会った人も、きっとお客さんはついてきてくれるはずです。

「昔から同じものを作って同じことをやっているんだけど、遠くから買いに来てくれている人が多くなった気がします。2〜3年くらい前から、やっぱり食パンブームっていうのもあるのかな。最初はブームって言われても自分達はわからなかったんですよね。“生”食パンをください、って買いに来るお客さんが増えてきて、何だろうな?って。昔からうちではしっとりふわふわの食パンをそのまま食べてもらうことが当たり前だったから、あえて“生”ってつけることが不思議で。うちでは普通のことなんだけどなって思ってました(笑)」

ふつうの日も特別な日も、暮らしのそばに

貫前神社のすぐそばにある富光堂は、神社のご神饌(お供物の落雁)や、七五三やお正月などの行事のお菓子も作り続けてきました。

近くにスーパーマーケットがない時代は生活の品のよろず屋として、柿の種や駄菓子なども仕入れて量り売りなどしていたそうで、地域の人の毎日に欠かせないお店として、100年ずっと人々の節目節目にお菓子とともに立ち合ってきました。英彰さんは子どもの頃から家業のお手伝いでお饅頭をふかしたりしていたそうです。

「今と違ってスチーマーなんてないから、一枚一枚せいろを取り替えながらふかしていましたよ。子どもにとっては大変な仕事です。昔はお葬式のまんじゅうは夜なべして一家総出で作っていました。なにしろ全部手作りだったから時間がかかるのでね。中学生ごろからは、缶コーヒーを飲みながら徹夜で頑張ったり、大人と一緒にお店の戦力になっていましたよ。​​」

家業を継ぐという思いは子どもの頃から自然と生まれ、高校卒業後は東京・湯島天神近くの豆大福が評判の名店『つる瀬』で本格的に修行。学費を稼ぎながら夜間は大学で商業を学びました。朝早くからお菓子屋さんでハードに働き、夜学に通うのは相当大変だったのではないでしょうか?

「つる瀬の大旦那曰く、これまでうちで夜間の大学に行ったやつは一人も卒業していない、ということだったけどなんとか両立して卒業しました。当時はやっぱり大変でしたね。いつも眠かったということは憶えています。(笑)​​」

三代目を継いだ英彰さんの時から新しく始めたことはありますか?

「マドレーヌなどの洋菓子も作り始めたけど、ほとんど変えていないんですよ。ただし、あんこの甘さは変えました。今よりもっともっと甘かったんですよ。昔は甘い物が貴重だったから、甘い方が高級というか売れるというか。”甘ければ甘いほど良い”とされてたんですけど、時代は変わって今は甘さ控えめだったり素材の味が好まれますからね。」

平成の始まりとともに英彰さんと弓子さんが結婚、富光堂の100年の物語に弓子さんも加わりました。

「私がお嫁に来た時分は、もっとお菓子のほうがメインでした。菓子折をお買い求めになる方もとても多くて、先代の義父母と4人でやってましたけど目まぐるしい忙しさでした。昔は行事のお菓子は毎週のように大量に作っていたけど、これも時代ですかね。最近は行事もコンパクト化していて、コロナもあってかなり減ってきましたね。うちのこともお饅頭屋さんというよりはパン屋さんと思ってもらってる方が、今は多いかな。だんだん変わってきましたね。」

とはいえ、お節句や行事の時は地域の人に変わらず頼りにされています。取材に伺ったこの日はいつもより早く朝4時から、パン作りと並行して法事用のお餅の注文にも対応していました。年末になると、正月用のお餅をひたすらついて切って、のべ60臼分になるといいます。

「法事のお餅やおだんす(お供え団子)も、よそで断られちゃってうちを頼って来てくださる方もいて。“ありがとう” “おいしい”と言ってくれるとやっぱり嬉しいし、どんなに小口の注文でも、睡眠時間が減っても、つい無理をしちゃうんですよね。どこのお菓子屋さんもそうなのかもしれないけど。」

「座るだけでどこでも深く眠れちゃうのは特技なのよ。職人の家に嫁いで、子どもを3人産んで育てて。揉まれましたから大概のことは平気ですよ!」弓子さんは笑いますが、何十年と続けるのはとてつもなく大変なこと。想像してもしきれません。

英彰さんは、「お店に、子育てに、家事に。本当にお疲れ様でした。」と温かい眼差しで弓子さんを労いながら振り返ります。

「そういえば私が子どもの頃から、富澤家は最新家電が大好きで。商売で手間ひまかけて毎日忙しい分、家事の助けになるものは昔から積極的に取り入れる家でしたね。今では当たり前になった全自動の洗濯機も、当時どこの家よりも早く取り入れてましたよ。洗濯機はものすごい音がして、全自動ってこういうものかなと思っていたら初期不良だったみたいで、交換してもらいました(笑)。電子レンジも本当に大きかったけど便利でしたよ。」

「二人は仲がいいね、朝昼晩ずっと一緒でよく飽きないね、と言われるけど、ずっとこれできているから。飽きるも何も、パンは段取りと時間の逆算が勝負で、二人一緒でないとできない​​から。よそから比べたら簡単で大したことないと見えるかもかもしれないけど、変わらぬ味に思い入れがあって、私たちなりに一生懸命やっています。」

少し照れた笑顔でお二人が語る様子に、お互いへの敬意と思いやり、そしてこのチームワークへの誇りを感じました。

富光堂の定休日は毎週月曜日。とはいえお店は閉めていても何かしらお仕事をしているそう。年齢と体のことを考え、一年前から第三火曜日もお休みにするようして、気持ちの面で楽になったそうです。この先のことも伺ってみました。

「お店が忙しい時は、娘が手伝ってくれるときもあります。自分のうちの食パンが一番美味しい、と言って愛着を持ってくれていますよ。でも、子どもたちはみんな成人してお菓子とは全然違う分野で仕事をしているし、やりたいことがあるだろうから、それぞれの気持ちに任せています。当たり前に継ぐと思っていた私たちの頃とは、価値観も違いますからね。」

「いつまでと決めてないけど、できるところまで細々とやりたいですね。そんな感じだから思い切った設備投資もできなくて、古めかしいお店のままで申し訳ないんだけど…。」

そんなことはないです!丁寧に丁寧に毎日お店を営んでらっしゃる様子も、たくさんの人に富光堂が愛される理由の一つだと思います。絶品のパンやお菓子とともに、訪れるたびに気持ちが温かくなる、そんな富光堂に出会えてとても嬉しいです。

家電・機械好きで器用な英彰さんは、大抵のものは自分でメンテナンス修理できてしまうそうです。長年の相棒のミキサーたちも「可愛くてしょうがない」と弓子さんは目を細めます。

上信電鉄のポスターや冊子の反響はいかがですか?

「色々なところで見たよと言われます。最初に出来上がったものを見た時は、貫前神社という超名所があるのに、うちのパンが上州一ノ宮駅のポスターを飾るなんてびっくりしちゃいましたよ。いただいたポスターは皺にならないようにすぐパネルを買ってお店に飾っています。素敵な言葉も添えてくれて嬉しいです。」 

「常連のお客さんが、他の駅のポスターになっているところのことを私たちに教えてくれたりして。吉井駅近くの焼肉屋さんに行ったことあるよ、おいしいよって。皆さん冊子を手にとって楽しんでくれています。」

この山なりを眺めるだけで幸せな気分になる

100年ずっと、おいしさで多くの人を笑顔にしてきた富光堂。それにまつわる色々なストーリーを知ることができて、ますますこの食パンが愛おしくなりました。大切にいただきます。

富光堂
住所:群馬県富岡市一ノ宮1346-6
TEL:0274-62-2019
営業時間:9時-18時
定休日:月曜、第三火曜
富光堂 twitter

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