敬意がつなぐ人と人―ベトナム人エンジニアと築く中小製造業の未来

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岩井光子 ライター/編集

インタビュー

4月に公開した「つぐひ」の記事で、甘楽・富岡地域が世界各地の農業研修生からふるさとのように慕われているという話題を紹介しました。今回の記事は、モノ作りの分野でベトナム人エンジニアと良好な関係を築いている甘楽町の企業のお話です。

人材不足が引き金となったベトナムとの縁

柴田合成の本社は、自然塾寺子屋の事務局がある信州屋からほど近い小幡にあります。創業は1961年。車のエアコンの吹き出し部分やエンブレムなどの外装部品、医療機器関連用品、パチンコ台のパーツなど幅広い分野の部品成形を手がけ、技術力に定評のある会社です。国内の社員は130人ほどで、中国天津市の金型工場など海外拠点で働く従業員も400人ほどいます。

地方の製造業は今、どこも人材不足に悩んでいます。特にここ数年は売り手市場が続き、中小のメーカーは大卒の優れた技術者を採用しづらい現状に頭を悩ませています。柴田合成も例にもれず、人材不足に頭を悩ませていました。同社の柴田晃佑さんは、こう話します。

柴田さん 「10数年前から国内での大卒採用を始めました。例年4、5人は採用できていたのですが、ここ2、3年はまったくと言って良いほど、学生が集まらなくなってしまいました。最近は説明会でさえ人が来なくなってしまって…。大卒の若者が、わざわざ地方の中小企業に就職しようと考える時代ではなくなってしまったのかもしれません」

リクルートワークス によれば、来春3月卒業予定の大学・大学院対象の求人倍率を従業員規模別に見ると、5000人以上の大企業は0.42倍ですが、300人未満の中小企業は8.62倍と、その厳しい現状がくっきりと浮かび上がります。学生1人に対して、約9社の求人があるということになります。

予想をはるかに越えた優秀な技術者の需要

柴田さんが人材確保の厳しさをたびたび打ち明けていたのが、同じ小幡に事務所を構える“ご近所さん”、寺子屋の矢島亮一さんでした。矢島さんと意見を交わすうち、柴田さんはこのまま国内採用にこだわって人材のレベルを落とすより、将来を見越してグローバルな人材採用に一歩踏み出してみようという気持ちが固まっていったと言います。そして昨年、理系大学ではベトナム最高峰といわれるハノイ工科大卒の学生を初めて採用したのです。

柴田さん 「矢島さんからWin-Win Japanという、向こうの信頼できる送り出し機関を紹介してもらって、去年の夏前にベトナムで面接をして、試しに5人採用してみたんですよ。そうしたら正直我々が想像していたよりも、一段も二段もレベルが高い優秀な子たちだった。これはもうこっちに舵を切らない手はないなと思ったんですよね」

ミーティング中のベトナム人エンジニアの皆さん (柴田さん提供)

彼らの採用に当たって申請する「エンジニア(技術)ビザ」は、採用された企業に必要な知識や技能にひもづく学問を大学で履修していたことが条件となります。3カ月から5年の在留期限は更新もできますし、家族を帯同することもできます。申請内容と異なる単純労働に従事させることは許されず、給料は日本人と同等、あるいはそれ以上を支払うことが求められます。

柴田さんはベトナム人エンジニアの採用に踏み切ったことで、人材不足の悩みが解消したことを業界の仲間に報告しました。その後、同じ悩みを抱えていた製造業の経営者が相次いでベトナム人エンジニアを採用し始めたことから、真面目で優秀な彼らの評判は口コミでどんどん広まっていきました。「うちでも雇ってみたい」との声が相次ぎ、柴田さんは人材紹介そのものにビジネスチャンスを感じるようになります。職業紹介事業のライセンスを取得した柴田さんは昨年10月、ベトナム人エンジニアの採用をサポートする人材紹介会社「シバタエンジニアリング」を立ち上げたのです。

※技術ビザは、メディアでその処遇が取り沙汰される外国人技能実習生や新在留資格「特定技能」とはまた違う種の就労ビザで、長く日本に滞在し、基幹社員として活躍することが期待されている。

「最近は、提携している県内金融機関の紹介を受けて、人材不足の相談に乗るケースも増えています」と柴田さん

半年で簡単な日常会話程度なら問題なく

現在、柴田合成にはベトナム人エンジニアが5人、ベトナム人の技能実習生が10人います。彼らは皆、会社まで自転車で10分ほどのところにあるアパートに住んでいるそうです。来日して半年近くが経ったエンジニアのトイさんとホアンさんに話を聞きました。

右がホアンさん(23)、左がトイさん(25)

2人の所属はロボット事業部。大学で学んだことを活かし、目下プログラミングを勉強中ですが、いずれ工場内の省力化やオートメーション開発の主力となってもらうことを期待されています。「わからないことは、先輩が教えてくれる」「仕事は面白く、楽しいです」と話してくれました。

真剣な眼差しのトイさん。職場で
トイさんはベトナムにいる彼女と籍を入れた直後に来日。「1年半ぐらいで彼女を日本に呼びたい」。新婚の奥さんとは毎日ネット電話で話しているそう

休日も日本語の勉強に当てることが多いと語る2人。誠実で勉強熱心な人柄が伝わる。「日本は景色がきれい。桜がきれいでした」

夕飯はほとんど自炊で、買い出しは近所のスーパーで済ませるとのこと。「始めは日本の調味料の種類がわからなくてとまどったけど、今は慣れたし、大丈夫」「地域のゴミ出しルールもしっかり守っている」と、甘楽町民としても頼もしく成長しています。

柴田さんは、2人の日本語の上達ぶりをほめながら、はっきりとした日本語でゆっくり話しかけていました。2人も柴田さんに信頼を寄せている様子が伝わってきます。

柴田さん 「語学が不安要素ではあるんですが、彼らは日本語を覚えるのも速いので、1、2年でかなり上達すると思います。今は翻訳アプリもかなり高性能ですので、多言語アプリも併用しつつ会話していけば、問題はないと感じています」

柴田さんが取材の質問を多言語アプリ「ボイストラ」で変換。意味が通じにくい場合もこの便利なアプリで解決できる

家庭訪問で実感する家族の思いと村の期待

シバタエンジニアリングは、ベトナム人エンジニアの受け入れが今後も増えることを見込んで、自然塾寺子屋、そして、外国人住民の医療通訳を手伝う「群馬の医療と言語・文化を考える会(MIG)」の2つのNPO法人との連携体制を整えました。彼らが仕事現場でも、日頃の生活面でも安心して暮らせるようにと、トラブルや悩み事をいつでも相談できるホットラインも開設しました。電話をかけると寺子屋の矢島さんか、ベトナム語の通訳者が出て、突発的な病気や事故の場合もすぐ相談に応じてもらえるようになっています。

前回の「つぐひ」の記事取材で、矢島さんは外国人技能実習生を巡って様々な問題が起きていることについて、こんな指摘をしていました。

矢島さん(photo 土屋ミワ)

矢島さん 「彼らを安く使える労働者としてではなく、一緒にやっていく仲間として見てほしいですよね。その辺りのメッセージをしっかり伝えていくのが、我々の組織の一番の役割だとも思っていますね。例えば昔、地方から集団就職で東京に出た子どもたちは、親がほんとにドキドキして見送ったわけですよ。東京の社長さんに『どうかうちの子をお願いします』って、きっと祈るような気持ちで送り出したわけじゃないですか。外国人技能実習生の子たちだって同じですよ。子どもを遠い日本に送り出して、親は相当心配していますよね。そんな彼らに甘楽は良いところと伝えたいし、嫌いになってほしくない。好きになって帰ってほしいんですよ」

柴田さんも、矢島さんと話していると、この手の話になるとついつい熱くなってしまうと言います。

柴田さん 「それ、すごくわかりやすい話ですよね! 子どもを送り出す親は本当に心配しているわけですよ。ひどい待遇を受けたらどんなに家族が悲しむか、自分ごとに置き換えてみればよくわかりますよねぇ」

柴田さんは深くうなずくと、「ちょっと写真を見ていただきたいんです」と言って、スマホに保存した1枚の写真を見せてくれました。

ベトナムで開かれたトイさんのお別れパーティーで(柴田さん提供)

柴田さんは、採用が決まったベトナム人エンジニアに対して、必ず来日前に家庭訪問をしているそうです。

柴田さん 「家族や親戚どころか、村の人たちもみんな集まってきて、『どうかこの子をよろしくお願いします!』って口々に言われるんですよ。トイくんは地元では誰もが認める頭の良い子で、村の出世頭。だから、親族みんなで出資して大学進学を応援してきたし、何とか日本で成功してほしいとみんなの期待を一身に背負っているわけです」

柴田さん 「こんな様子を目の当たりにすると、考え方が変わりますよね。ちゃんとしようと思いましたし、それだけの期待と家族の思いを背負って来日する子たちが、がんばらないわけがないですよ。そんな彼らを“外人さん”と突き放すような括りで見てしまうのはとても恥ずかしいことだし、それをやってしまうと、多分もう群馬も、日本もうまく行かなくなると思いましたね。僕たちが彼らを地域で温かく受け入れてこそ、国と国との関係もうまく回っていくのかなということを改めて実感しましたし、矢島さんが言っていることもそういうことなんだと思います。僕も同じ思いです」

「彼らを単に労働力として見てはダメですよ。地域の仲間だし、我々より断然頭も良い。120%の努力を惜しまない東大生みたいなものですから(笑)」

地域コミュニケーションを深められる場を

柴田さんと矢島さんは、さらに一歩進めて、彼らを地域住民としてサポートするプランも準備中だと話してくれました。

柴田さん 「矢島さんから話が出たかもしれませんが、甘楽・富岡地域で日本文化を学べる教室を立ち上げたいと思っているんですよ。教室のトップは日本語教諭の資格所有者になってもらいますが、地域住民も講師に迎えて日本語の会話を教えてもらう予定でいます。地域の方に参加してもらうことで、彼らが地域コミュニケーションを深められる場としても機能すれば良いなと考えているんです」

ベトナムのWin-Win Japanの日本語教室で(柴田さん提供)

柴田さん 「地域には昔から面倒見の良い、ちょっとおせっかいなおじさんやおばさんっていますよね(笑)。そういう人たちに里親のような存在になってもらうというか、顔を合わせるうちに気心が知れて、何でも話したり、相談できる間柄になれたら素敵だなと思っています」

甘楽町の交流拠点「信州屋」、自然塾寺子屋が指定管理者を務める(photo 土屋ミワ)  

教室の場所は信州屋を予定しているそうです。「あとはスキーム作りと生徒集めかな」と柴田さん。甘楽・富岡地域でリタイアした学校の先生たちに活動を手伝ってもらう話も出ているほか、会話教室に付随して、日本とベトナムの郷土料理をお互いに教え合う楽しい食イベントを開く案も持ち上がっているそうです(ベトナム人男性はみんな料理上手だそうです!)。彼らの日常は、今後一層充実していきそうだなと思いました。

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取材を終え、柴田さんと矢島さんが繰り返し言ったように、企業の未来は外国人労働者を搾取するようなふるまいの先にはなく、地域の仲間として温かく受け入れていく態度の先にこそある、と私も思いました。そして、常に母国に彼らの無事を案じる家族がいることを忘れてはいけない―。

そうした一企業とNPO法人が確認し合った方向性に、協力を申し出るサポーターが続々と集まってくるのが、甘楽・富岡地域のすごいところです。今、世界が注目するSDGs の目標にも当てはまる、誰もが働きがいを感じる労働環境の整備や、パートナーシップの好例だと思いました。

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