「ただいま、前橋。」- 長年まちに寄り添った建物が、地域に開かれた信用金庫として生まれ変わりました。

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武井仁美 まちの編集社(株式会社まちごと屋)

Photo by市根井

インタビュー

前橋市千代田町にある、しののめ信用金庫・前橋営業部。旧前橋信用金庫の本店として1964年(昭和39)に建てられた建物が、耐震補強やリノベーションを経て新しく生まれ変わり、前橋のまちに帰ってきました。しかも、金融機関の店舗が単にリニューアルされただけではなく、用事がなくても入ってみたくなるような様々な機能や設えが加わり、地域に開かれた場所としても運営をしていくそうです。なぜ、どんな思いを込めて、信用金庫がこのような場所を作ることになったのでしょうか?

今回のつぐひでは、しののめ信用金庫の横山慶一理事長に詳しくお話を聞きながら、新・前橋営業部がどんな場所なのかご紹介していきます。


たくさんの樹木が配され木洩れ日が気持ち良い広場『つどにわ』から、前橋営業部の店舗エントランスに入ります。大きなロビーが広がり、ウッドデッキやグリーンが所々に置かれ、広場と建物が連続しているような、外と内の境界があまりないような、不思議な感覚と気持ちよさがある空間です。写真の右のその先が、信金の窓口になっていて、開放感とプライバシーを両立した設計です。そして奥の方に見えるのが『SHIKISHIMA COFFEE STAND』で、建物の中からも外からもコーヒーが買えるようになっています。古くから続く前橋の街並みに寄り添うように、建物に多くのレンガを使用している新・前橋営業部にちなんで、ここだけのオリジナルの“レッドブリックスブレンド”のコーヒーを楽しめます。赤レンガのようなきれいな赤褐色としっかりした味わいが特徴です。

ロビー中央にある階段を上り2階へ行くと、まちに開かれた憩いの図書室『つどにわライブラリー』があります。低めの天井が安心感をもたらし、静かな気持ちで過ごすことができる場所です。長く伸びる本棚には、個性光るセレクトが評判の高崎の個人書店・REBEL BOOKSが様々なジャンルの“世界を広げてくれる本”を選書。コーヒーを飲みながら眺めたい写真集から、学びたい人がじっくり向き合いたい本まで幅広く置かれ、自由に読むことができます。本棚に沿って並ぶカウンターデスクには電源もフリーWi-Fiも用意されていて、勉強や仕事や様々なクリエイションが捗りそうです。

金融機関の店舗というと、支払いや現金を引き出す・預けるという“用事を済ますために行く場所”であり、時には融資やローンの相談など“構えた気持ちで行く場所”という感覚がありましたが、ここではそんな感じがあまりしません。窓口やATMの順番待ちも大らかな気持ちで過ごせそうだし、たまには最寄りのしののめ信金の支店を超えてここに振込に来ちゃおうかな…なんて思ってしまいます。

金融機関の店舗のイメージを覆す、“用がなくても来たくなる場所”を作ったしののめ信用金庫が地域へ向ける思いとは。横山理事長が、穏やかながら熱の込もった語りで教えてくださいました。

- 1年半の耐震補強とリノベーションを経て、生まれ変わった前橋営業部を最初にご覧になったときは率直にどんなお気持ちでしたか?

横山理事長 設計をしていただいた宮崎さんはじめ、とにかく本当に多くの人にご協力をいただいたので、まずその感謝の気持ちが第一でした。信用金庫として、地域に開かれた施設かつ大規模なリノベーションということで、 極めて珍しいこれだけの場所作りのプロジェクトができたのは、当金庫の職員もそうですし、様々な関連した業者さんや、関わっていただいた多くの方々のおかげだなと、その皆様への感謝の気持ちが溢れました。

- 地域に開かれた場所として徐々にまちの人々に使われている様子を見ていかがですか?

横山理事長 信用金庫として地域に開かれた施設を運営するというのが、私たちには初めての経験であり挑戦になるんですよね。それで、まちの方がこの場所をどういう風にお使いになってくれるのかな、っていうのは期待もあり不安もありながらオープンを迎えました。特に2階のライブラリーは、「世界が広がる学びの場」というとても素晴らしいコンセプトのもと作り上げてもらったので、皆さんの反応に注目しているところです。今のところは特に若い世代の方を中心に、ここで何かを勉強されていたり、本を手に取って読まれていたり、コーヒーを味わいながら寛いでいたりと。この空間の雰囲気やコンセプトを地域の人々も大切に思って過ごしてくださっているので安心しているところです。

コーヒースタンドやライブラリーは土日祝も営業
豊かな休日が過ごせそうだ

横山理事長 私たちの「こういう場所になってほしい」という願いを、地域の人々も受け止めてくださっているんだなと強く感じられて、とてもありがたく、この場所を作ってよかったなと改めて思っています。これからさらに多くの方にお使いいただけると思うのですが、この場所が持つ空気感を大事に育てていきたいですね。

単に信金の店舗のみとして作り直すことはしたくなかった

- 4階建ての大きい建物の中で、信用金庫の機能としてのスペースっていうのは、ひょっとしたら半分以下くらいでしょうか?まちに開く場としてかなり大胆に空間を使っていますが、どんなコンセプトや信念のもと場所作りが進められてきたのでしょうか。

横山理事長 そもそもここがどういう場所だったか踏まえて私たちの場所作りへの思いをお話ししたいのですけれど、もともとは旧前橋信用金庫の本店で、順次合併を経て現在はしののめ信用金庫の前橋地区の本拠地となっています。1964年(昭和39)に建てられて地域のみなさんと長年おつきあいをしてきたので、老朽化や耐震性の課題も出てきて建て替えや改修も検討されることになりました。ただ、その時に強く思ったのは、単なる信用金庫の店舗のみとして作り直すということはしたくなかった、ということなんです。やはり、地域に何か貢献できるもの、中心市街地の活性化に貢献できるような機能を加えた施設にしたい、という風に考えていたんです。それは当金庫の前橋地区のまさに本拠地であるという、この場所だからこそなんですね。時間も予算もかけた大規模なプロジェクトの中でも、最初のその思いを貫徹して実現できたということはすごく嬉しいです。

- 当初は新築建て替えで計画が進んでいたそうですが、設計を担当したHAGI STUDIO 宮崎さんの提案もあり、構造に補強を加えて残し活用する、リノベーションの方針に舵を切りました。そのほうが、地域に開くという思いがより実現可能となるということだったのでしょうか?

横山理事長 そうですね。HAGI STUDIOの宮崎さんは、2019年に当金庫の本店がある富岡市で、まち全体を一つの宿と見立て、古い二軒長屋を『まちやど 蔟屋 MABUSHI-ya』に生まれ変わらせるという地域の既存資源活用を計画した方です。その時にご縁ができて、そして前橋市のご出身ということで、この建物についてもご相談しました。

リノベーションでの場所作りにした理由はいくつかありまして。まず分かりやすい理由とすれば、作りたい場所と経済的な面でのバランスの問題です。元々は旧前橋信金の本部機能があったのでこれだけの大きな建物が残っているのですが、合併を機に本部機能は高崎に移ってますので、現在の前橋営業部の機能を収めた新築の建物というと、今よりもかなり小さい建物で済んでしまうんですね。 かつそこに地域に貢献できるような機能を盛り込むとなると、当然お金もかかりますので、それほどスケール感のあるものは作れなくなってしまう。リノベーションであればそれが解決できたということが理由にあります。

また、法令上の問題もあります。実は信用金庫というのは、基本原則として金融業しか営むことができないんですね。新築にしてしまうと、例えばカフェのようなテナントさんに入居してもらうようなことが原則としてできないのですが、元々の建物から生まれた余剰部分であれば、貸し出したり活用したりという形で地域との関わりしろを作ることができるんですね。リノベーションはそういった法令上の問題もクリアできたという点があります。

横山理事長 あとは、我々信用金庫が目指す姿をきちんと地域の皆様にお示しできる、ということもあります。地域社会の利益を目的としている信用金庫は、地域と一蓮托生の金融機関なんです。そういう中で地域の長い歴史を見つめ続けてきたこの前橋営業部のビルを残して、なおかつ今までとは全く異なるステージに向かって進化させて、新しく生まれ変わらせるという。リノベーションであれば、そういった信用金庫らしさや当金庫が目指す姿というのを実現できるのではないかと強く思いました。

- リノベーションで前橋営業部を生まれ変わらせるということが、方法としても信念としても、しののめ信用金庫が進む将来像にすごくマッチしていたということなんですね。

横山理事長 信用金庫という金融機関は営業地域が限定されていて、この地域の外には出ることはなくずっと地域と共にある存在なんです。だからこそ、ずっと地域にあったものを大切にして、 でも大切にするだけ残すだけではなくて、より新しく進化させるっていう。ここがやっぱり大事な点なんです。それが我々の本来目指すべき方向ですし、そうやって地域に貢献するっていうことが我々の本当の使命役割ではないかなと思っています。新しい前橋営業部は、そのひとつの形ですね。

横山理事長 最初にリノベーションの提案を受けて「面白いな」と思ったんですけど、ただ実際やってみないとわからないですし、特に50年以上の月日を経た建物がどうなるのかなという心配もありました。でも、まず躯体部分をあらわにする解体工事が始まって、存在感のある鉄骨鉄筋コンクリートの梁に支えられた大空間が広がっていくわけです。あの光景を見た時に、「これはいける。残してよかった。」と、リノベーションでいい建物になる、とその瞬間に確信できましたね。元々の天井や壁を剥がして何もない状態がまた何ともきれいで。私自身もその瞬間は本当にびっくりしたのと同時に、ワクワクしたのを覚えています。

photo by 佐藤正幸 (Maniackers Design)

横山理事長 あと、すごいなと思ったのは、この場所が前橋の街の中でどういう場所なのかっていうのをしっかりと理解されて、宮崎さんはデザインを進めていらっしゃるんですね。この場所は、いわゆる繁華街や、川沿いのるなぱーくなどのゆったりとしたエリアや、官公庁エリアなどを連結する中間地点の「つなげる場所」なんですよね。だから、それを踏まえて前橋営業部の敷地内も4方向に出入り口を作ってあって、往来できるような形にして、いろんな方がここを往来もしつつ集うという。この場所の特性をいち早く宮崎さんが発見したんですよね。やはり前橋のご出身ならではの彼の感覚なんだなと思いました。

3階つどにわホールの窓から
大通りのけやき並木の葉ぶりが眺められる

「ゆるくつながる。」新しい場所づくりへ

- 前橋営業部の場所作りは、構想段階からこの場所に関わる様々な世代や立場の人の意見を踏まえて進められたそうですね。しののめ信金職員だけでなく、同じ敷地内に新社屋を構えたFMぐんま職員なども含めた多様な意見を聞くワークショップを重ねたとのことですが、その中で印象的だった言葉やアイデアはありますか?

横山理事長 「地域の方とゆるくつながる場を作ったらどうか。」という意見は印象的で、とてもいいなと思ったんですよ。“ゆるく”というのが結構ミソだとは思うんですけれども。我々は地域の金融機関として本業を通じて地域の方と様々な関係性を育み大切にしています。一方で、これからここで新しい場を提供して、さらに色々な方に来ていただきやすいようにと考えると、深すぎない関わりかたも大切になると思うんです。気軽に来ていただいて、繋がりたい時にアクセスしてもらう。そのくらいの余地をもつコンセプトでの場所作りがいいなとワークショップの意見を聞いて私も思いました。「ゆるくつながる。」というのは印象的でした。

そういった場所になる上で、1階のコーヒースタンドや2階のライブラリーや外の広場のスペースが大事になってくるんですね。二重構造であり外と中の境目をあいまいにしたようなデザインになっていて。FMぐんまさんも隣にあって、緑の中で腰かけるちょっとしたスペースをたくさん配置してありますので、お子さんたちにここで遊んでもらったり、市民の方に集っていただけたらと思っています。

左:HAGI STUDIO 宮崎晃吉さん
右:Tone & Matter 広瀬郁さん

プロジェクトデザイナーの広瀬郁さんは、 “ビジネスとクリエイティブ”や“企業と企業”などの橋渡しをする領域で活躍しています。多様な世代や立場の人々の思いを汲むワークショップなど、今回のしののめ信金の場づくりプロジェクトに常に伴走してきました。

- 入りやすくて距離感が心地よくて、私も隣の市から用事にかこつけて前橋まで来たいです。振込は早々に済ませて他で長居してしまいそうですが(笑)。横山理事長は、特にライブラリーを作るということに強い思いがあったそうですね。

横山理事長 はい。計画の当初の段階からずっと私の中では、地域に開かれ貢献できるような機能を加えるとしたら、そのひとつはライブラリースペースだと、強く思っていました。やはり本というのは知の源泉であり、人が生きる上で大切なものですし、本と出会うことで自分の世界が広がる素晴らしい瞬間というのがあります。当金庫の職員にもそういったことに理解を深めてもらう機会にしてほしいですし、地域の方にも何かのきっかけに出会う場所になってほしい。とても大事な場所だと思っています。

例えば、感性の豊かな中高生・学生のみなさんがここで本を読んだり、勉強をしたり、時には何か出会いがあったり思い出ができればいいなと思っています。また、若い人だけじゃなくてビジネスマンでも誰でも、年齢に関係なく大人になっても何かを学んでいくということを大事にしてほしいと思いますので、そういったきっかけの場所になってくれればと願っています。

生まれ変わった前橋営業部は、これからもしっかり街に関わるという私たちの意思表明

- お金の面で地域を応援してきたしののめ信用金庫が、これからは“場を提供する”という形でも地域と関わっていくということなんですね。

横山理事長 そうですね。4階は新しくテナントに入居していただく予定になっています。3階は『つどにわホール』というのを作りましたので、運用方法はまだ作っている最中なのですが、地域の方や当金庫の会員の皆さまに、様々な形でご利用いただけるように考えています。

また、私たちが街に関わる姿をお示しするという点でも、リノベーションを選んだことに大きな意味がありまして。その地域の中をずっと見つめ続けてたものを残して、それを進化させるということが大切でしてね。本当に信用金庫の役割だと思うんですよね。

実は我々の内部の事情もあるのですが、2007年の三つの信用金庫の合併でしののめ信用金庫となりました。当金庫も前橋営業部もいろんな課題がありまして。もちろん課題のない組織なんてないのですけれどもね。街の皆さまが外からご覧になっていても、「ちょっと大変そうだな。」「色々あるんだろうな。」とお感じの部分もあったかと思います。そういった中でも職員がみな一生懸命で、何よりお客様に変わらずご愛顧いただいて今の我々があります。

色々な問題課題が目の前に立ちはだかっていたとしても、「こうやって前に進んでいけるんですよ。」「大変だったけど良かったよね。」という明るい材料みたいなものを、生まれ変わった前橋営業部のこれからを通して街の皆さまにお示ししていけるかなと思っています。

横山理事長 合併でしののめ信用金庫となって、前橋の皆さんは色々お感じのところはあるだろうなと思っています。それが故に、長年前橋の皆様とお付き合いをしてきた建物を生まれ変わらせた新しい前橋営業部というのは、これまでもこれからも我々にとって前橋が大事な場所であり、しっかり関わっていきますという私たちの意思表明でもあるんです。

- まちの人々も、しののめ信金の温かくも強い意思表明を、頼もしく感じていると思います!

横山理事長 本当にたくさんのありがたいお声をいただいています。早速、「ほかの店舗でもこういったことをやるんですか?」というようなことを聞かれたりもするのですが、こういうビッグプロジェクトはしばらくは無理ですとお答えするしか…(笑)。それでも、厳しい時代の中での経営環境ではありますが、できる限り地域の未来になるための活動を、また別の形や新たな形でやっていきたいと思っています。

しののめ信用金庫 前橋営業部
住所:群馬県前橋市千代田町2-3-12
TEL:027-230-9100
営業時間:9時-15時
定休日:土日祝・年末年始

つどにわライブラリー
営業時間:月-土 9時-19時、日・祝 9時-17時
定休日:年末年始

SHIKISHIMA COFFEE STAND
TEL:050-5480-5023
営業時間:月-土 10時-18時 / 日・祝 9時30分-16時30分
定休日:火曜

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