酒を通して人の縁をつなぐ、群馬の地酒を中心に扱う酒屋『高橋与商店』

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西涼子 ライター

Photo by市根井

インタビュー

2021年に開業100周年を迎えた新前橋駅。個性豊かな店舗が集う駅前ロータリーにて、90年の歴史を持つ酒屋『高橋与商店』を訪れました。同店では10年ほど前から群馬の地酒に特化した商品を揃え、地域の蔵元の紹介や『新前橋でお酒を楽しむ会』などのイベントに力を入れています。酒店と蔵人、蔵人とお客さん、地域とお客さん――様々な“縁”をつなぐ地域の酒店が語る、地酒の魅力や、これからの暮らしや個人店の在り方、そのヒントまで見えてくるお話をご紹介します。

「普通の酒屋」から「群馬の地酒を扱う酒屋」へ

上毛三山を代表する山々に磨かれた水は、群馬県が誇る自然の恵み。そんな美味しいお水を使って人の手と心で造るお酒は、地域で暮らす私たちにとって大切な意味を持っています。『高橋与商店』が群馬の地酒に特化し始めたのは10年ほど前のことでした。

紺地に “与” のマークが目印の『高橋与商店』
笑顔がステキな福田祐二さんと恵さんに、インタビューさせていただきました

福田恵さん:うちのお店は煙草の小売りからスタートして、1953年(昭和28年)に酒類免許を取得しました。父と母が主流でお店に立っていた頃はホテルや飲食店への営業が7割、店頭販売が3割ほどでしょうか。まだお酒の販売が自由化する前でしたから、結構缶ビールをケース買いに来るお客さんも多かったんですよ。

お酒が自由化して、スーパーでもどこでもお酒を買えるようになったら価格競争が始まって……仕事を受け継いだ私と主人で商売の方向性を色々考えながら、群馬の地酒をメインにやっていくことを決めたんです。

福田祐二さん:今でこそ「お店作りの切り口って色々あるんだな」と思いますが、当時のもがいている自分たちにとっては、何をやったらいいかわからない状態でした。

恵さん:「スピリッツに特化しようか」とか「リキュールの専門店がいいかな」とか。色々悩んだよね。

祐二さん:そうだね、でも結局上手くいかなかったんだよね。『信濃屋』さんとか『梅酒屋』さんの綺麗なホームページを見て、自分たちもやってみようと思ったんですけど、どうしても品揃えが中途半端になってしまうことに気が付いたんです。かといって、スーパーや業務用の酒屋さんと価格や品揃えで勝負するのは、二人でやっている店じゃ太刀打ちできません。そこで群馬のお酒にこだわって、ニッチな分野でとんがってみようと思ったんです。

『咲耶美』『水芭蕉』『町田酒造』と日本酒の限定流通ラベルがズラリと並んでいます

恵さん:店頭販売とネット販売の両方に力を入れようと準備を進めました。特にネット販売は周りのお店に埋もれないよう、群馬のお酒で目を惹くために、主人が蔵元さんを一軒一軒周って対談をお願いしたんですよ。蔵元さんのお酒に対する想いをお客さんに伝えるためにレポートをまとめて、商品ページのトップに主人自らの言葉で蔵元さんの紹介文を作ってアップしたんです。

それをきっかけに、蔵元さんとの信頼関係やお客さんからの評価がついてきて、徐々に通っていただけるお店になりました。主人と二人で「群馬のお酒を買うならここ!」というお店にしたいと思っていたので、なるべく地元のお酒でも限定流通のお酒を扱えるよう、頑張って今に至る感じです。

人の縁でつながるお酒

群馬県産の日本酒だけでなく、 鹿児島、宮崎、鳥取……と遠い地方の本格焼酎や 日本酒 も並ぶ『高橋与商店』。群馬の酒好きが通うお店のラインナップは、新たな地域の味を教えてくれます。

祐二さん:今当店で扱っているお酒は、私が蔵元さんに伺って置かせていただいているお酒だけでなく、以前元総社町で酒屋をされていた『砂長酒店』さんから受け継いだお酒もあるんですよ。

恵さん:限定流通の日本酒と焼酎を扱っていて、特に本格焼酎の層が厚いお店だと感じていました。

祐二さん:砂長さんから「お店を辞めるんだけど」とお話をいただいて、在庫を全部買い取って引き継がせてもらったんです。店舗の改修費用もあったので苦労はしましたが、やってよかったと思いますね。それを機に全国規模の酒屋の集まりにも入れていただいて、お酒業界の方と知り合ったり、勉強会に参加したり。そういう“流れ”や“ご縁”で今のお店に至っています。

青森県弘前市の三浦酒造が手掛ける銘柄『豊盃』というお酒があります。この東北の名酒と福田さん夫妻との出会いには、まさに“縁の力”を意識させるエピソードがありました。

祐二さん:『豊盃』はね、砂長さんのお店で扱っていたお酒なんですが、うちは引継ぎの際に一度契約を断られたんですよ。新幹線で青森へ行って、蔵元さんから「お酒も足りないし、ごめんなさい」って言われてね。その時たまたま僕が高校の時にバレーボールをしていたこと、高校時代に青森のチームキャプテンを務めていた塚本さんと知り合いだという話をしたんです。

その後、夫婦で3年くらい蔵に通っていたんですが、ある時三浦酒造の社長さんから塚本さんの話を聞いて。当時のバレー界でも凄いプレイヤーだったんですが、今は高校のバレー部で顧問をされていると教えていただいて、会いに行くことにしたんです。塚本さんとは30年ぶりの再会でしたが、僕のことを覚えていてくださって、「応援してやるよ」と三浦酒造さんとのご縁を繋げてくださいました。

本当に運が良かったというか、人生に“無駄”はないというか……『豊盃』は自分にとって特別な酒ですね。

三浦酒造の豊盃「黄金の穂 (写真右) 」と「ん (写真中央) 」 温かみある手書きのポップがいいですね

以前は美味しいお酒を造る酒蔵を見つけると電話や手紙を出し、時には遠くの土地まで出向いて契約をお願いしていたと話す福田さん。「今は群馬の地酒に特化するお店と認知されつつありますが、だからといって思い入れのある県外の酒を扱わないのは失礼なことですから」と、店内に並ぶお酒を見つめながら嬉しそうに話をしてくださいました。お店と共に歴史を刻んできた商品の中には、苦労を重ねてきたものもあると言います。

祐二さん:群馬の酒造好適米『舞風』と群馬県産業技術センターの酵母、そして群馬の水を使って造られる“オール群馬”の日本酒『舞風』も、発売当初は大変でした。15蔵から一斉に発売されて話題になりましたが、初年度は米が硬くて蔵元は造りに苦労され、味も思い通りにならなかったようです。蔵数が多いから仕入れる量も大変です。思っていたほど売れなかったからと、次年度から仕入れを減らす酒屋さんは多かったんじゃないかな。

舞風シリーズのシールも、近年よく目にするようになりました
大型冷蔵庫に貼られていた新聞の切り抜き 「快挙!」の文字から喜びが伝わってきます

祐二さん:『舞風』発売から11年、コツコツ続けてきて、うちも舞風と共に成長してきたと実感しています。今はお客さんにも浸透してきて、『舞風』を探して来店される方もいらっしゃいます。さらに今年は大きなニュースがあって、島岡酒造さんの『群馬泉舞風』がロンドンの「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」の純米酒部門で第一位を受賞したんです。これは『舞風』のイメージアップにものすごく影響してくると思います。『舞風』の今後に大いに期待しています。

美味しい地酒は「人の想いを感じるお酒」

インタビュー中にも、多くのお客さんが気軽に訪れる『高橋与商店』。カウンターの置かれた店内では、ふらりと立ち寄って角打ちで一杯、なんて粋な楽しみ方もできるそうです。また、2014年よりご夫婦が主催する「新前橋でお酒を楽しむ会」では、福田さんや蔵元さんのおすすめのお酒を知り・飲むことができます。

第一回から細かくフライヤーや名簿を管理されている福田さん
「大人の工場見学として、白州蒸留所の見学ツアーもやりましたね」

祐二さん:最初にイベントを始めた頃は、参加者は10~20人くらい。蔵元さんやお酒のことを知ってほしくて、店舗隣の駐車場でイベントを始めたんです。県外の地酒イベントに皆で行ったり、サントリーのビール工場見学ツアーもやったことがありますよ。飲食店で開催すると参加費がどうしても高くなってハードルが上がっちゃうから、自分たちで料理を用意していたんだけど、途中から近所の飲食店さんに出店をお願いしました。お料理の提供をしてもらうことで、お互いのお客様に周知しながら、飲食店さんの売上UPにもつながっていくと考えたからです。

参加者数はだんだん増えてきて、前回(2022.6.28)は150人~200人くらい来てくれたかな。会の設営からお酒の提供、後片付けまでのボランティアスタッフを募ると、手を挙げて協力してくれる力強いお客様がいることもありがたいですね。特に後片付けは最後まで残った参加者の方も一緒に協力してくれて、皆が作ってくれている会だと感じます。

お店同士がつながり、じわりと熱気が伝わるような雰囲気を感じる新前橋駅周辺。インタビューの中で福田さんは「同じ地域で他業種が協力し合う風土ができてきた」と話をしてくれました。お酒を造る人と楽しむ人、地域のお店と暮らす人——顔の見えるつながりが、新たな地域の魅力を生み出していきます。

祐二さん:自社サイトでネット販売ができているのもお客さんにサイト作りを仕事にしていた方がいたからだし、2015年に店内へ角打ちスペースができたのも設計士や後押ししてくれた人たちが身近にいたからです。実際、角打ちというアイディアは自分でも考えていたんですが、酔ったお客さんに対応することが不安でなかなか始められなかったんですよ。

そしたら「エフエム群馬」の 社長を務めていた石田さんがお客さんで来られて「考えているよりは、早く行動した方がいい」と、石田さんご自分のエピソードを交えて促してくれたんです。お話を聞いて「それなら、やってみるか」と思ってね。やっぱりうちは全部が“流れ”、人のつながりでやってきています

『高橋与商店』の“与”は、先々代・与志美(よしみ)さんのお名前から
店名と共に酒袋や店舗看板をデザインされたのは、福田さんの同級生・侭田隆宏さん
「デザインオフィス まま屋」の サイトをスクロールしていくと “与” のマークが見つかります!

祐二さん:だから群馬の地酒にこだわろうと決めた時、蔵元さんを周って「どんな人がどんな想いで酒造りをしているのか」を聞きました。お酒を選ぶ時に「味が好きだから」という理由よりも、「造っている人が好きだから」って思える方が応援してもらえると思ったんです。

店内も最初は各酒造の前掛けを飾っていたんですが、ある鹿児島の酒屋さんに行ったとき勝手に「良いな」と思ったアイディアがあって、それを参考に蔵元さんの写真を飾っています。これもまた、お客さんだったプロのカメラマンさんに一蔵一蔵写真を撮ってもらいました。牧野酒造さんなんか、うちに来た時にはすごく恐縮していた気がするんだけど、やっぱり蔵にいるときには雰囲気がまったく違うんですよね。すごくカッコよく撮れたと思っています。お酒の魅力は人だと思いますし、僕ら酒屋が「そうしていかないと」と思うんです。

店内に並ぶお酒に目が行きますが、店内に飾られたポスターも必見です
牧野酒造さんのポスター グレースケールの写真に差し込まれた“盃の赤”がカッコいい!

恵さん:人と話すのって、楽しいですよね。「新前橋でお酒を楽しむ会」も良い機会になっていて、その場でお話した人が後々大切な人になったり、参加者同士が繋がったりすることもあるんですよ。夫婦ともにお客さんの名前を覚えるのが苦手で、外で会ったときに分からないこともあって、そこは申し訳ないんだけど……。

祐二さん:あと僕は「地酒って何だろうね?」って話を、蔵元さんに聞いたことがあるんです。例えば栁沢酒造さんの造る『桂川』は甘いお酒ですが、それは「昔は野良仕事をしている人が多くて甘いものが栄養源だったから」「少ない量でも満足感が得られたから」なんですね。でも今は甘口って言葉のイメージだけで手に取りづらい印象があります。それでも栁沢さんは少しずつ今のスタイルに合わせながら、柳沢さんらしいお酒造りを貫き通しています。

一方で、ある蔵元さんでは時代のニーズに合わせて取捨選択して造られています。皆さんそれぞれの考えを持っているからカッコいいと思いますし、人の想いを感じるお酒だからこそ応援したいと思うんです。

これからの酒屋、これからの暮らし

人とのつながりで酒類自由化の波を乗り越え、地域に愛されるお店として親しまれてきた『高橋与商店』。ブログでの情報発信やイベント企画を通じて、これからの時代に合わせたお店づくりを続けられています。

祐二さん:最近は地元のスーパーでも、地酒を置くようになりましたね。近くに県外のスーパーができたから差別化として置いたのかもしれないけど、それは僕らの店にとってもすごくいいことだと思うんですよ。だって「スーパーで買った地酒を飲んでおわり」ってならないでしょう?うちにはスーパーにない限定流通銘柄がいっぱいあるから、逆にこの機会を利用して、贈答用や大事な日に飲むお酒をうちで買ってほしいと思っています。

普段吞む人にも呑まない人にも嬉しい「量り売り」、あります
「永井酒造の社長さんとシンバルに行った時、『持ち込みが出来たらいいね~』と話したんです」
「そしたら次の日にシンバルの社長が『700円くらいでどうだ?』とチラシを作ってきてくれて……」と福田さん

祐二さん:僕らが若い時は外に行ってもチェーンの居酒屋しか行かなかったけれど、今はスマホで調べて地元の人が通う町中華を食べに行ったり、群馬に来たら群馬の商品を買うという流れがあるでしょ。そこにチャンスがあると思うんです。県内の宿泊施設とかも今以上に地酒や地ビールを置いて地元をアピールして、消費者の力を借りながら地域を盛り上げて欲しいと思いますね。

恵さん:うちはホームページとブログやインスタグラムをやっているので、ネットで検索した情報を頼りに遠くから来店してくださる方も増えました。主人がお酒や蔵元さんの記事を詳しく書いたりすることが、信頼に繋がっているのかな。

祐二さん:SNSも良いんだけど、ブログは好きな人が定期的に見てくれるから続けています。毎日400人くらい見てくれて、お酒の情報や定休日の過ごし方をアップしているんですよ。

恵さん:うちに来るお客さんは、結構目を通してくれているんですよ。お店に来てブログに書いたことをお話したりするんです。

祐二さん:この間びっくりしたのは、ブログに「イベント用の机に蜜蝋を塗った」って話を書いたら、お客さんが貴重な自家製の蜜蝋を持ってきてくれたんですよ。今はお店に行くときは事前に調べる時代だから、小さい店にチャンスがあると感じますね。

実は前回開催の「新前橋でお酒を楽しむ会」は、2年以上の期間を空けて久しぶりに開催されたイベントだったそうです。丁寧に築かれてきた人とのつながりが土台にあるからこそ実現した、自粛期間のブランクを感じさせない交流の場。こまめな情報発信で伝える“人の魅力”は、時代が変わっても人の心を惹き付ける力を持っています。

祐二さん:県内を旅行するようになったり、自分で珈琲豆を挽いて飲むようになったのも、コロナ禍になってから。強制的だけど時間が取れるようになって「家族と一緒にいる時間」や「健康が大事」「仕事だけじゃない」ってことに気付かされました。大変な時期ですけど気付いたこともあったので、悪いことばかりじゃなかった気がするな。

お酒もね、あんまり難しく考えずに楽しんでほしいと思います。今は缶チューハイが売れているけど、それってやっぱり素(もと)があってソーダを足して氷を入れることすら面倒だからでしょう。お燗酒も電子レンジで温めていいと思うし、熱くなりすぎたらお酒を足してうめればいいんですよ。だんだん好きなことになってきたら自分のやり方を突き詰めていけばいいんだからね。最初は気軽に、楽しんで呑んでほしいと思います。

通勤、通学の利用が多い新前橋駅
「お客さんの中には『中学生の時に店の前を通ってて』という方もいらっしゃいますよ」
と、歴史ある店ならではの“お酒とのであいかた”もお聞きしました

祐二さん:お店をやるときも一緒です、自分が好きなことや面白いと思うことを突き詰めていけば続けられるし、必要な人や物はあとから付いて来ると思います。うちのお酒の会もそうで、当時から参加してくれるお客さんは自主的に片付けを手伝ってくれたり、企画を考えて持ってきてくれる人もいて、本当にありがたいですね。蔵元さんの中には「福田さんがイベントや角打ちの情報を発信してくれると、群馬のお酒で成功してるように見えるよね。だからもっと刺激して!」なんてあおってくるんですよ。

(人付き合いの秘訣は)まずは自分からやってみること。自分の殻に閉じこもっていると何もプラスにはならないですから、あたりまえのことだけど近所の人に挨拶したり、地元でご飯を食べることから始めてみたら良いんじゃないかと思います。

どんな出会いも始まりも、まずは一歩、自分の外へと踏み出すところから。新たな人や物との出会いを探しに、『高橋与商店』を訪れてみてはいかがでしょうか。ご夫婦がおすすめする“造り手を感じるお酒”の味わいを楽しみながら、身近な地域や人の魅力に目を向けてみたいと思います。

高橋与商店

住所 〒371-0843 群馬県前橋市新前橋町26-5
電話番号 027-251-6393 FAX番号 027-252-9969
営業時間 平日/10:00~19:30 祝日/10:00~18:00 
定休日/水曜・第二火曜日
※インターネットでのご注文は24時間受け付けております。

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